騎馬戦 最終決戦1
終盤戦。エイヴンの戦い
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一方その頃。
西軍の本陣で行われていた攻防戦は呆気ない結末を迎えていた。
南軍の攻撃指揮を執っていた副将のマークが何者かに倒されたのだ。
背後からの1撃だった。
「……あはは。まさか君がそんな手でくるとは思わなかったよ」
馬を叩き壊され、地に伏せるマーク。彼は自分を倒した騎兵を見上げた。
それは少しタレ気味の、長い耳を焦がしたくまさん。
うさベアさんだった。
「覚えてなよ。クぐっ……」
「寝てろ」
マークはとどめをさされて気絶。
「……」
「これでうるさい奴はいなくなった。……次の相手は誰だ?」
着ぐるみの頭を被った謎の騎兵は、続けて西軍の本陣を襲いかかった。
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東軍の本陣では、大将旗を目前にしてリュガVSシラヌイ君の3度目の対決。
「キエエ――イ!!」
シラヌイ君は大将旗に手を伸ばしたリュガの手の甲を狙い、薙刀のように伸ばした棒を思いっきり振り下ろした。
牽制の一振り。防衛兵であるシラヌイ君が、騎兵を直接攻撃するのは反則なのであくまでフリだ。
「うおっ、お前はお供の……」
戦士の勘か、それともシラヌイ君の気迫に押されたのか。リュガは体勢を崩しながらも攻撃に素早く反応して手を引っ込める。
「今です!」
その隙を突いてリュガに詰め寄る一騎の騎兵。
「――!!」
「なっ」
覆面を被った彼は、そのままリュガの脇を駆け抜けた。
「……んだと」
すれ違った瞬間に奪われたハチマキ。
いくら隙を突かれたとはいえ、リュガは『彼』の見せた身のこなしに戦慄する。
「その覆面……まさか、お前」
「時は来た」
覆面騎兵、エイヴンは倒したリュガを無視して、ただまっすぐに進む。
彼は本陣まで駆け戻ってきたブソウの前まで進むと、そこでルックスの用意したPCリングの拡声機能と通信機能を通して合図を送り、叫んだ。
今、策は成ったと。
「集え、武人達よ!」
征こう。今こそ我等の武勇を知らしめる時。
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本陣に向かって、怒声を上げて駆け集まるのは東軍の騎兵。それだけではない。
北、南、西、各チームの本陣付近からも東軍の騎兵は現れ、我先にと大将旗を奪いに突撃を仕掛けていく。
3面同時奇襲だ。
疲弊した西軍と北軍、騎兵のほとんどが出払ってしまい完全に不意を突かれた形になった南軍の3チームは、無傷と言っていい東軍の騎兵の猛攻に晒される。
「ちいっ、この戦術パターンは……まさかミツルギの」
クオーツはいち早くこの奇襲の考案者を思い浮かべた。
彼の知るユーマの基本戦術は、囮を使って敵を本隊まで誘導する『釣り野伏せ』や、別働隊で揺さぶり浮足立ったところに主力部隊をぶつける『啄木鳥戦法』など、陽動、罠、奇襲といった要素で構成されたものが多い。
「いくらなんでも遅すぎると思ったが、東軍はわざと進軍を遅らせていたのか。大将旗を晒し、囮にして敵を誘い出す為に」
しかし実際はクオーツが思った以上に大胆な策だった。
東軍はティムス達による大掛かりな陽動を仕掛けて騎兵の行方を眩ませたように見せておきながら、実はブソウとミヅルを除く騎兵は進軍フェイズ中スタート地点から一歩も出ていない。
彼らが動き出したのは決戦フェイズ開始直後なのだ。スタート地点に身を隠し、工作兵が撤収したのを見計らい安全を確認して進軍を開始している。
おかげで東軍の騎兵は遅れながらも全くの無傷で主戦場に到着したのだが、これはブソウと防衛兵たちが、騎兵の到着まで持ちこたえなければすべてが無駄になってしまう、そんな作戦だった。
急いで本陣の防衛に戻るクオーツ、メリィベル、リアトリスといったエース達。襲撃を受けていた東軍の本陣は増援の到着で場を盛り返す。
「やられたよ。……ミツルギはどこにいる?」
クオーツはこの奇襲をユーマが仕掛けたものだと疑わなかったが、彼は東軍にはいない。
そもそも奇襲を企てたのはユーマでも、ブソウでもなかった。
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『教官』の教えを参考に奇襲を行ったエイヴン。
彼は作戦成功の報告にブソウのもとへ。
「……コロデ。予定より到着が遅れたのはこの為か?」
「はっ。思いのほか早く到着しましたので、勝手ながら部隊を散開させ伏せておきました」
いつでも防衛に駆け付け、いつでも奇襲を仕掛けられるようにしてエイヴンはずっと戦況を見つめていた。
「将軍達の鉄壁の守りがあれば上手くいくと思っておりました」
「……まあ、いい」
「それでは将軍。お預かりした兵をお返しします。私はこのまま奇襲部隊と合流して南軍を落とそうと思います」
「なんだと?」
驚くブソウ。
ここから南軍の本陣に向かうには、まず南軍の侵攻部隊を突破しなければならない。
それに南軍にはまだ大将の《剣闘士》がいるはず。
「おい、待て」
「急がないと折角の機会を失います。先行します。ルックス少尉は将軍に状況説明を頼む」
「わかりました」
「コロデ小隊出撃。行くぞ!」
「「「「おう!」」」」
「行きましょう。王子!」
彼も場の雰囲気の飲まれて興奮しているらしい。
エイヴンはシラヌイ君を連れて、ブソウの話も聞かずに出撃する。
「……なんだ、あいつは」
「随分と活き活きしてるじゃないか、あの覆面馬鹿王子」
ブソウに声をかけるのは失格になったばかりのリュガ。
「リュガか。……あっさりと負けたな」
「うるせー。あの野郎はユーマに鍛えてもらったらしいんだが、どうもな」
リュガはハチマキを失くした頭を掻いて、エイヴンにやられた瞬間を思い出す。
「あいつの動きは戦士とかそういう《騎兵》のそれじゃなかった」
「何?」
「最初からハチマキを狙っていたとしか思えねぇ」
それもそのはず。本当の騎馬戦を知らない学園の生徒たちは騎兵の真似ごとをして武器を振るっているにすぎないのだから。
エイヴンがユーマから教わったのは騎馬戦本来の戦い方。
それもなるべく取っ組み合いを避けてハチマキの奪う奥義を彼は伝授されていた。
「ちっ。やられたもんはしょうがねぇ。それよりも東軍の大将であるあんたはこれからどうすんだよ」
「……」
面白そうにリュガはブソウに問う。
ブソウが何か言おうとして口を開くと。
「あの、いいでしょうか」
そこに割り込む覆面を被った小柄な少年。
ブソウは彼の事を覚えている。
「ルックス・グナントか。久しぶりだな」
「はい。ブソウさんには兄や幻創獣の事で随分お世話になりました。……これを見て下さい」
ルックスはPCリングの仮想スクリーンを展開してブソウに見せた。
「これは?」
「今の騎馬戦の状況です」
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-ABCDEFGHIK
1 ⑧
2⑧北北
3 北☆ ④
4 ②①
5 ③
6
7 ⑥
8 東☆⑤⑦ ☆南
9⑧東東 南南⑧
0 ⑧ ⑧
東西南北:陣地
☆:大将旗
①リアトリス&エイリーク
②クオーツ
③メリィベル
④うさベアさん?
⑤ブソウ
⑥ミヅル
⑦南軍
⑧東軍
東軍騎兵: 50→40
西軍騎兵: 7
南軍騎兵: 24
北軍騎兵: 29
*西軍、本陣を放棄。大将旗はリアトリスが所持
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PCリングの開発者でもあるルックスは、誰よりもその扱い方と応用を熟知している。
ルックスは進軍中から飛行型の幻創獣を使った上空からの視点を見て主戦場の俯瞰図を作成。
さらに同じように友軍の偵察兵が幻創獣で行っている航空偵察の情報をリンクすることで、即席ながらリアルタイム更新の戦術マップを作りだしていた。
ルックスは戦況を説明。
「西軍は南軍に本陣を襲撃されてほぼ壊滅しました。今は大将であるリアトリスさんを護衛する数騎のみとなっています」
「ここまでくるとリアに逆転の手はないな」
「はい。それでこれから僕達が攻めに行くとなれば北か南になるんですけど、南軍の騎兵のほとんどがこちらに出払っていて本陣の守備はとても薄いんです。それは大将である《剣闘士》がいるからだと思うのですが」
「どうした?」
「強襲部隊についている偵察兵の情報によると、南軍の本陣に《剣闘士》はいません。それに副将の《黒鉄》はもう脱落してるんです」
「何?」
「攻めるなら南です。攻撃に来た南軍部隊を突破して、大将旗さえ取ってしまえば《剣闘士》だって」
「そうか。……実は俺の《紙兵》の札はもう尽きている。本陣の防衛網もこれまでの攻撃でボロボロだ」
ブソウはそこまで言うと口を閉じ、本陣の中心に向かった。
それから突き刺していた大将旗を引き抜いた。
ルールでは大将はチームの大将旗を本陣から持ち運ぶことができる。ブソウは拠点である本陣を放棄する気だ。
「だが、これ以上耐える必要はない」
ブソウは大将旗を掲げて前進。一気に駆け出す。
「東軍の全部隊に告ぐ! 俺に着いてこい。まずは南軍を蹴散らす」
「「おおっ!」」
どよめく東軍。彼らはついにきたと打ち震える。
「『遅刻』した奴らは死に物狂いで働け。でないと自警部の反省室にぶち込むぞ」
「「おう」」
自警部の部員は、我らが部長のお約束の脅しに苦笑しながら応え、
「もしくは俺の雑務を手伝わせる」
「お、おお」
その恐ろしさよく知る彼らはガクガク震えた。
「みせてやるぞ、俺達の力をあいつらに」
敵本陣を奇襲する《天下無双薙刃神教》の信者達もPCリングを通してブソウの声を聞いた。
武神の降臨に血を滾らせ、攻撃の勢いを増す。
「「ブソウ! ブソウ!」」
待ってましたとばかりに鳴り響くブソウコール。
そんな彼らにブソウは顔を顰めるのを何とか抑え、不敵に笑って見せた。
大将らしく、堂々としたその勇姿。
「いくぞ!!」
「「オオーーーーッ!!」」
東軍の残り40騎、全騎出撃。
怒涛の反撃がはじまった。
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現在の戦況で大きな戦いは2つ。
1つは東軍対南軍。もう1つの戦いはエース達による乱戦だった。
西軍のリアトリスとエイリーク、北軍のクオーツとメリィベル。さらに東軍のミヅルの5人は、たった1騎の騎兵を相手にしている。
『うさベアさん』の頭を被って素顔を隠した騎兵。
南軍のマークを倒し、西軍を壊滅状態に追いやった謎の襲撃者だ。
「……お前までふざけてるのか?」
「がるるー。それはメリィのベアさんだぞ!」
馬ゾンビは流石に止めたクオーツとケルベロスの着ぐるみを纏うメリィベル。
「リア先輩……」
「エイリーク、無理をするな。あいつのせいで私達の敗北は確実となったが、このまま負けるのは気に入らない」
「それはアタシもよ」
リアトリスは大将旗を担ぎながらも油断なく構え、エイリークもそれに倣う。
「参ったわ。本当は《獣姫》に仕返ししたかっただけなのに」
ミヅルは本陣防衛に撤退するメリィベルを追いかけて、この争いに巻き込まれた。
正直『彼』を相手にしたくはなかったが、遭遇した以上逃げるのは難しい。
「ねぇ貴方、その着ぐるみどうしたの?」
「……飛んできたので拾った」
うさベアさんの頭は、リアトリスの《凰啼波》の熱風で彼のもとへ吹き飛んできたらしい。
顔を隠すのに丁度良かったとうさベアさん。
「馬鹿ね。そんなので正体隠せるわけないじゃない。律儀に南軍のハチマキも巻いてるし」
「!!」
ミヅルの指摘に今気付いたと言わんばかりに驚くうさベアさん。
「俺の正体に気付かれた以上、お前達は生かしてはおかん」
「……ほんと馬鹿ね」
みんなに呆れられたうさベアさん。
「……いいから、こい」
「っ!?」
うさベアさんが周囲に放つ闘気で皆に緊張が走る。
「……仕方がないわね」
「ミヅル、クオーツ。ここは共闘といこう。いいな?」
「断る理由はないな。セルクス、いくぞ」
「もちろんだ。ベアさんの頭は返してもらうぞ」
「だったら」
皆一斉に武器を構えた。
「行くわよ!」
エイリークの掛け声と同時に、4人のエースがうさベアさんに襲い掛かる。
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東軍本隊より先行するエイヴン。
彼は防衛兵のシラヌイ君のみを連れて、たった1騎で南軍16騎を相手に突破を図ろうとしていた。
南軍の部隊はこのまま攻め続けるか奇襲を受けている本陣に引き返そうか迷っているようだ。動きがない。
エイヴンは目前で1度立ち止まった。
「王子、いくらなんでも無茶じゃ」
「大丈夫だ」
無謀だとはエイヴンもわかっている。振り落とされまいと、馬を掴んでいたその手は震えていた。
エイヴンは敵を目の前にして怖じ気づいていた。彼が蛮勇に振る舞うのは、そうでないと今すぐにでも馬を下りて逃げだしてしまいそうだから。
覆面の下の顔は恐怖で青褪めてしまっている。それでも、逃げるという選択を彼はどうしてもできなかった。
「怖いか? 少尉殿」
「曹長……」
エイヴンの様子がおかしいことに気付いたのか、馬を担ぐ覆面リーダーのイースは訊ねた。
「わ、私は」
「無理するな。どんな時も自分の感情を素直に受け止めた方が楽になるんだ。ほら、深呼吸」
素直に従うエイヴン。
「落ち着いたか。周りが見えるようになったら少しでいい。うしろを見てくれ」
「うしろ……」
エイヴンは見た。
「コロデに後れをとるな。 続けぇ!」
「「オオーーーーッ!!」」
ブソウが、ルックスが、東軍のみんなが全速でこちらに向かっている。
「あ……」
「見たか? 1人で戦おうとするなよ。みんないるんだ。俺達もな」
「……。私は」
エイヴンはわかった。どんなに怖くても、どうして逃げたくなかったのか。
「私は……ずっと、ずっと誰かに認めてもらいたかった」
鍛冶師の修行は上手くいかなかった。故郷の父は厳しく、師には蔑まれた。
褒められることなんてない。師に罵られている内にいつの間にか同じ鍛冶師見習い達にも見下されていた。
自分に才能はない。だからすぐに見切りをつけた。エイヴンは馬鹿を演じて人を遠ざけた。自分から遠ざかった。
鍛冶師として大成しなければ故郷に居場所はない。
エイヴンは遂には故郷からも遠ざかり、彼はシラヌイ君を除けば1人も同然となっていた。
なのに。
なのに今はこんなにも仲間がいる。
皆で何かを為そうとする気持ちが、為したいと思う心がエイヴンを満たしている。
「故郷では認められなかった私はずっと……誰かの期待に応えられる人になりたかったんだ。だから、逃げたくない」
「王子……」
きっとシラヌイ君も彼の本音は1度も聞いたことがなかったのだろう。
エイヴンはシラヌイ君やイース達に頭を下げた。
「私に力を貸して下さい。私は、皆と共に戦い、勝ちたいのです」
「だったら、わかってるよな? 少尉殿」
「……もちろんです。曹長」
エイヴンは笑った。イース達も、シラヌイ君も。
「コロデ小隊はこれより南軍の部隊を強行突破。本隊の先陣を切り突破口を開く」
「それだけか?」
「まさか。そのまま敵本陣へ突入して南軍の大将旗も私達が奪取。勝利を我らの手に! どうです?」
「上出来だ。なあ? みんな」
「もちろんだ」
「元竜騎士団の力をみせてやるぜ」
「エルドカンパニー社員の実力もな」
イースが確認すればアルスが、サンスー兄弟が、皆がエイヴンに応じてくれた。
エイヴンの手はまだ震えている。でもこれはきっと……武者震いだ。
「本隊もすぐそこまで来ています。行きましょう、王子」
「わかった。みんな」
「「「「おう!」」」」
エイヴンはただまっすぐに目標を見た。
南軍の大将旗を。
「コロデ小隊、突撃!!」
うおおおおっ!! コロデ小隊の誰もが雄叫びをあげて南軍の騎兵に飛び込む。
さらにブソウが率いる東軍本隊の20騎が続く。
「くそっ」
「絶対に東軍を通すな!」
浮足立っていた南軍も東軍の本気を見て迎撃体勢をとった。
その戦いに策も陣形といった戦術や、戦闘の技術なんて必要なかった。
体当たり。相手を倒し、破壊してやるといった純粋な力のぶつかり合い。
南軍の編成した騎兵は戦士系の精鋭ばかりだ。その強靭さは東軍の果敢な猛攻さえも耐え凌ぐほど。
それでも1騎、たった1騎だけ南軍の防御を抜けた騎兵がいた。
その騎兵は戦わず、武器も待たずに形振り構わず馬の首にしがみついていた。
頭を低くしてハチマキを庇い、敵騎兵にぶつかって、叩きのめされても、落とされまいと必死に耐えていた。
自分を支えてくれるイース達が包囲を突破してくれる。それだけを信じて。
「行けっ、コロデ!!」
ブソウは手にした大将旗を振り回し、薙ぎ払いながら叫ぶ。
エイヴンは本陣へ突き進む。
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