1915年10月某日 フランス・カレー海岸 ノイバーベルク防衛線第一山岳”シュタールベルク線”
白ばみはじめた太陽に向かい、心地の良い潮風が機雷浮かぶ海原から、兵士の眠る塹壕を、トーチカをそして、それぞれが整然と整えられた陣地の中を流れていく。多くの兵たちには、朝が無事に訪れたことに喜びを感じる瞬間。
「また、同じ信号ね」
そんなトーチカの1つ。アイゼンヘルグー2。と呼ばれる小型トーチカ。ここは、電信通信兵として配備されているヒルデと、通信兵アドルフ・ヒトラーが詰めているトーチカだった。アドルフ・ヒトラーは、ヒルデの上官という立場ではあった。だが、その実際には、その手足のように扱われていて、その様子を見たものたちは、「伍長殿は女兵の尻に敷かれている」と、ひそかに物笑いの種になっていた。
「昨日の昼から続く、例の信号ですか」
その言葉に、ヒルデはうなづき、受信用のヘッドセットをヒトラーに渡した。そこには、慌ただしく打たれるモールス信号音が確かに刻まれていた。おそらく本当に慌てながら打っているのだろう。それは、事前の戦場で使用されるために暗号化されたものではなく、ひたすら意味をなさない繰り返しの短文が平文で打たれているものだった。
”地獄が来る”ただこれだけの文字。
「この文章は、これだけでは、意味不明です。誰かのいたずらではないですか」
「ええ、私もそう思った。だから返信を打ったのだけど……」
その沈黙の意味は解る。彼女は優秀な通信兵だ。いくつかの方法を用いて相手に返信が届くようにひたすら打ち込んだのだろう。現に彼女の指は痛々しいほどに赤くはれ、ひび割れているのが見て取れる。それをいたわるような様子から、ヒルデは、夜を徹して通信を行ったことが見て取れた。
「前線指揮所、後方司令所、果ては陸軍本部まで……それぞれに有線で通信を送ったけど、返答は一緒。そちらへのそのようないたずらな通信は送っていないとのことだったわ……」
そこまで言って、ヒルデは言葉を切った。その意味を察してヒトラーは、顔を上げた。残り試していない場所。そこは視線の先に広がる海の向こうだった。水平線の彼方。イギリス海軍迎撃のために、ドイツ軍の主力戦艦が座して待ち構えているはずのその場所。現在ヒルダ達に支給されているのは、あくまでモールス信号の無線受信機で、高性能な無線送受信機の試作品はこの陣地の後方司令所にしかなかった。厳重に鉄の金庫に収められたそれを、使用するのには書類による正式な申請と、直属の司令官の3人以上の承認が必要なもので2人に使える道理などなかった。
そんな中だった。その打たれる信号が変わった。ヒルデが緊張した面持ちになり、ヒトラーも、鉛筆を取るとその信号を書き出していく。ヒルデは立ったまま少し続けていたが、すぐに重要な電文と確認し同じく椅子に腰かける。信号を聞き逃すまいと全神経を傾ける音が鉛筆と紙と机に音を立てた。
それが行われたのは、わずか1回の受信のみだった。意味のある文。
「ドイツ海軍巡洋艦”アイレーネ”、地上の軍に警告。”地獄が来る”繰り返す”地獄が来る”」
確かにそれは伝える意志を持った意味のある文だった。乱れながらもなんとか意味を成した文であった。アドルフ・ヒトラーとヒルデは、そのたった一文におぞましさを感じその先に健在であるであろうドイツ海軍の異常事態を飲み込めないままでいた。
ドイツ軍の上に朝日が昇る。それは、やがて訪れる衝撃をまるで示しているように紅い、血のような光だった。
このところ続く冬の訪れにしては穏やかな気候の中、ヒルデとアドルフ・ヒトラーは、後方司令所に伝達するべき報告を書き上げた。その海軍がいう地獄の正体がわからない今、事実だけを書いた報告書は軽い。だが、それを届けるアドルフ・ヒトラーは不穏な空気を感じていた。それを感じ取ったのか、ヒルデは微笑んだ。
「私も、これをまとめたらすぐに出るわ。後方司令所に移って、いつもの通りに役割を果たすつもりよ。また、すぐにあとで会いましょう。アドルフ」
「ああ、先に行って待っている。」
そういうと、アドルフ・ヒトラーはトーチカのドアを開け外に飛び出しました。目指す先はほんの2キロほど先の後方司令所。穏やかな日に照らされながら、アドルフ・ヒトラーは、少し進むと、異変はないかと海を確認しました。
目に映るそれは、いつもと同じとは、決して言い難い光景でした。
地平の先に生じた点は、徐々にその大きさを増し、紅い光を照らす太陽を背に、ゆっくりとそして確かに向かってきていました。
十二時間前 ドイツ主力ヘルゴラント級戦艦”ビスマルク”粉砕。正体不明の攻撃により初撃にて、中央甲板が粉砕され、艦体は、鋼鉄のきしむ音を立てながらひしゃげる。ただ、連戦の精鋭に固められた船。自らを犠牲にして、周りの船に警戒を呼び掛ける。
十時間と25分前 第2旗艦準ヘルゴラント級戦艦”ルートヴィヒ1”正体不明の攻撃を受ける。甲板構造物を根こそぎ持っていかれる。ビスマルクからの最期の電信を利用し、周囲の各艦に警告を発しながら散る。その電信は単純にして明朗”地獄が来る”であった。
一時間と10分前 試作型通信艦”ヒューベルク”正体不明とされたものの正体を確認。急ぎ、試作情報戦巡洋艦”アイレーネ”に電信。敵の正体よりも脅威度を地上部隊に電信を依頼。ヒューベルクその時間を稼ぐために敵へ単艦突撃を敢行。10分後残骸となり果てる。
三十分前 地上陣地に暗号化通信。アイレーネ艦上。安堵に包まれる。その2分後、彼らは光を見た。
まさしく彼らにもそれは訪れた。それが訪れ。平和を信望するその神の名を冠した艦はまさにその通りの御姿となり果てた。
地獄が来る。この戦場に。この地上に。
地獄が来る。
この地に。
確かに。音を立てて。
地獄が来る。
シュリーフェンプラン第二フェイズ:
目的 フランスの掌握・第一フェイズは、フランスの降伏となっているが、この時点で、ドイツはロシア、イギリスを相手取った二正面作戦の真っただ中にある。 第二フェイズはこの状況打破のためのフェイズであり、ここでは政治と軍事が密接に連携を取りながら、遅滞なく行動を起こすことが必要になる。
対イギリス→イギリス海軍が上陸できるポイント言うのは意外に少ない。ここでは、カレーに軸を絞ることを重要とする。カレー上陸後、彼らはアミアンを解放しようと動くだろう。その際には、ノイバーベルク防衛線が機能し、彼らの全線を食い止めることができるようになる。
政軍連携→ノイバーベルク防衛線によりイギリス海軍がカレーの海岸にくぎ付けになっている間に、ベルサイユの政治屋どもを排し、ドイツの軍事と官僚によりフランスの安全保障の幉を握ることが、このフェイズの肝となる。
結論として→一時の戦術的な勝利に酔いしれず、最終的に生きたフランス人民が、イギリス、ロシアよりドイツの盾になる様に自らの心の発起にて行わせることが大事である。イギリス、ロシアとの間に起こるあろうグレートウォーをドイツ国民が健全な形で勝利するための基盤をこの段階において作成することが求められる。