間章 5 忌むべき英雄 下
短いですが、後編です。
あるイギリス軍海軍大佐(准将)の自伝より抜粋
彼の姿が霧の向こうから見えた時。正直なところ、私は胸をなでおろしたのを覚えている。
彼も、私と同様に生きてこの地獄を終えることができたのだと、安堵の息を漏らした。
彼は、不釣り合いな衣装に身を固めていた。静かに問いただすと、戦後に尉官昇任を賜ったと静かに答え、それを盾にして、交渉のテーブルに着くことを要求してきた。
私は、彼に同意した。しかし、他の国はそうともいかず、特にフランスの担当者は即時射殺をと強気に通していた。アメリカ軍の彼は、正にタフガイといった感じで、どちらにも賛成だから、2対1だな。と、無理やりにフランスを交渉のテーブルに座らせた。
停戦交渉は、非常に難航したが、彼は、私たちの圧力に屈せず、2時間の交渉の末に、半日の停戦を勝ち得た。
夕刻迫るころ、武装解除を終えたドイツ兵と超人たちが、前線の各地から姿を現す様になり、我々は、その収容に時間を割かれることになった。
宵闇が迫るころ、彼は、最後の一人として部下の超人を連れて現れた。
多くのことをそこで語ったが、ここに残せないことが残念である。
ただ、私の手渡した紹介状の受け取りを彼は拒否し、部下の超人へと譲渡した。これは、彼なりのけじめなのだろうと、心の中で考えるにとどめた。
追記:部下の超人君だが、気さくな人柄で、ロンドンの労働者街で、ドイツ料理の店を出店したらしい。特に腸詰料理が絶品だと評判である。
追記:(消去済み)彼が表舞台に立った。(消去済み)
追記:今でも、あの時のことを夢に思う。
わたしだけが彼を救えた。
さすがに、これは言い過ぎかもしれないが、あの時の私だけが、彼を止められたのではないか。
1枚しかなかった紹介状。彼は、それを前に短い間だったが、じっくり考えていた。そして、非常に緩慢な動作で自らの部下に譲った。
あの時、無理やりにでも、どんな方法を使ってでも、彼を連れ出すべきだった。
彼は英雄になった。3万もの、死ぬ運命にあった兵たちを自らの行動で救い上げた。
彼は英雄になった。戦場にあった者たちは、皆彼に感謝し、祝福した。
彼は英雄になった。本国では知られないままに。
彼は英雄になった。そのことを知っている者は、もう誰もいない――記録にも、歴史にも。




