第5話 追い詰められたシエル
秘匿区域の一角で、静かな心理戦が繰り広げられていた。
セラフィウスはシエルのあごを掴んだまま驚愕の表情を浮かべ、硬直していた。
動きが止まったセラフィウスの隙をついて、シエルは逃げ出そうとした。
「……離しなさい!」
どうにかして振り払おうと足掻くシエルだったが、腕を締めつけられる感覚がじわじわと増していく。
次第に指先が痺れ、力が抜けていくのがわかる。
「――麻痺!」
セラフィウスに状態異常をかけ、拘束から逃れようと考えたシエルだが……。
魔法は、沈黙したままだった。
「そんなっ――!」
シエルは驚きと困惑の表情でセラフィウスを見る。
(魔法まで封印されるなんて……こいつ、ただ者じゃない――!)
驚きと困惑が、次第に焦りへと変わる。
その様子を楽しむようにセラフィウスが不気味な笑みを浮かべる。
「……無駄だ。この空間では、俺だけが魔法を使うことができる」
セラフィウスが爪先で床を叩きながら静かに告げる。
(……俺、って言った?)
シエルはセラフィウスの一人称が変化したことに気付くも、追及する余裕は無かった。
(それよりも、床の魔方陣は監視じゃなくて……魔法の封印だったってわけ?)
この部屋に入ったときから気配探知や鑑定を使えなかった原因が判明してシエルは納得する。
(部屋との相性が、最悪だわ……)
「……私に手を出したら、彼らが黙っていないわよ」
シエルの瞳はセラフィウスを鋭く睨み、静かな脅しをかける。
「自分が置かれている状況を理解してる?魔力を封じられ、拘束も解けず……戦えなくなった君が、強がり言ってどうするんだ?」
セラフィウスは動じることなく、シエルが先日魔塔で魔法兵に脅しをかけた言葉を投げ返した。
”魔力を失くしたら戦えない人が偉そうな口、叩かないで。”
あのとき自分が発した言葉を、セラフィウスによって返されたことでシエルの瞳に怒りの炎が宿った。
「……本っ当に、腹立つ男ね!」
シエルは残された自由な足を振り上げ、男の急所へ渾身の蹴りを放った。
「おっと、危ないじゃないか……」
セラフィウスは片手でシエルの蹴りを防ぎ、余裕な笑みを向けた。
(防がれたっ――!?なんて、隙が無い男なの……)
「こんなことして……一体、何が目的なの?」
低く、冷たい声でセラフィウスに問いかけた。
「まぁ落ち着けって」
穏やかな低い声がシエルを宥める。
「これが落ち着ける状況に見えるわけ!?」
苛立ちと焦りで冷静さを失っているシエルは珍しく声を荒げる。
「……似ているな」
ふっと微笑むセラフィウス。
その顔は、シエルではない誰かを重ねているかのように優しく、慈愛に満ちていた。
「えっ……?」
(……何?私を、誰かと重ねているの……?)
柔らかく細められた濃紫の瞳に、シエルはどこか懐かしさを覚えていた。
(あ、れ……?この瞳――どこかで……)
深紅と濃紫が静かにぶつかり合う。
失われた記憶の扉を叩くように、セラフィウスが小さく言葉を紡いだ――。