第4話 秘匿区域 エスパ=スクレ ②
秘匿区域のゲートに入室を許可されたのは、シエルただ1人。
周囲にはフェリルやノクターンたちの姿はない。
久しぶりに味わう孤独に、シエルの胸の内に不安な思いがじわじわと広がっていく……。
(前世ではそれが当たり前で、平気だったはずなのに……1人になることが、こんなにも怖いなんて……)
シエルは胸元のブローチを強く握りしめる。
王都探索でノクターンが贈ってくれた、彼の瞳と同じ色のブローチをお守りにして――。
(答えを見つけて、早く帰ろう……みんなの元へ――)
モノクロで統一された落ち着きのある室内は静寂に包まれ、他に人の姿はない。
(静かすぎる……まるで、この空間だけ隔離されているみたいだわ……)
これまでのエリアには多くの魔導師たちが集い、魔導書を読み漁っていた。
それに比べて秘匿区域にはシエルたち以外の姿はなく、不気味なほど静まり返っていた。
「他のエリアとは、ずいぶん異なる雰囲気なのね……」
シエルはセラフィウスの数歩後ろを警戒して歩いていた。
「……そんなに警戒されると傷つくなぁ……」
肩をすくめるセラフィウスがゆっくり振り返った。
「あなたの第一印象が、最悪なんだから当然でしょ。」
シエルは顔を背け、冷たく言い放つ。
「……精神支配で他者を操る魔塔主なんて――とてもじゃないけど、信用できないわ」
(この部屋も気配探知は効かない……か。この男がいるから?それとも別の理由?)
シエルは深くかぶったローブの奥から探るようにセラフィウスを見つめ、床に広がる魔方陣へ静かに視線を落とした。
漆黒の床には淡い紫の魔方陣が刻まれ、ゆっくりと回転するたびに光の粒子が宙を舞った。
「私としては……ローブで姿を隠したお嬢さんの方が、とても怪しく見えるけどね?」
そう言いながらセラフィウスはシエルにそっと歩み寄った。
「君は……何者なんだい?」
濃紫の瞳がシエルの正体を探るように細められ、静かに問いかけた。
「見ての通り、ただの魔導師よ。」
近付いてきたセラフィウスに対し、1歩後退るシエルが強く言い切った。
「……君、本気で誤魔化せると思ってるのかい?神獣を従えているだけじゃなく、許可証も持たずに入室できた君が……ただの魔導士に見えるわけないだろう?」
じりじりと接近してくるセラフィウスに、シエルは小さなため息をつく。
(……やっぱり、気付いていたのね)
ノクターンがゲートで弾かれた際にセラフィウスは”特定の魔力を持つ者しか入室出来ない”といっていたことを思い出し、シエルはそっと目を伏せた。
「……残念だけど、あなたが納得できるような答えは返せないよ」
(その答えを、ここへ探しに来たんだから……)
シエルも負けじと後退り、セラフィウスとは一定の距離を保ち続けていた。
――次の瞬間。
(……まずいっ――!)
本棚に肩がぶつかったシエルは焦り、一瞬だけセラフィウスから目を離して退路を確認した。
「……どうしてだい?」
シエルの視線が一瞬それた、その瞬間――。
音もなくセラフィウスが一瞬で距離を詰め、シエルの目の前にスッと黒い影が落ちる。
(油断した……あれだけ気を付けていたのにっ――!)
背後の本棚に硬い感触が伝わり、シエルは思わず息をのんだ。
「っ――!」
退路を塞ぐように、セラフィウスの腕がそっと影を落とした。
セラフィウスはそっと顔を近づけると、シエルの耳元で静かに尋ねた。
「教えてくれる?君の、正体を……」
獲物を捕らえる猛禽のように探るような視線をシエルに向けていた。
「……断る――と言ったら?」
シエルは挑発的な言葉をセラフィウスに投げかけ、顔をそむけた。
「……強制的に、暴くまで――」
セラフィウスはシエルのあごを掴むと、容赦なく顔を上げさせた。
「っ……!」
シエルの抵抗よりも早く、セラフィウスがその手を掴む。
片手でシエルの両手を頭上で拘束し、もう片方の手でフードの奥に隠れているシエルの素顔を暴いた。
フードが舞い上がり、銀色の髪がサラサラとこぼれ落ちる。
儚く煌びやかな光を放ち、深紅の瞳が鋭くセラフィウスを射抜いた。
「お前、その顔――!」
取り繕っていたセラフィウスの仮面が崩れ去り、驚愕の色が濃紫の瞳に宿る。
セラフィウスの素の声が、静寂の秘匿区域に響いた――。