第17話 和解
レイノルドの静かな威嚇にシエルは一瞬だけ怯み、思わず後退りする。
深呼吸をして心を落ち着かせ、最後の切り札を提示する。
「決定的な証拠は……さっき私が防御魔法に弾かれた時。あなたが敵であれば、私を心配して駆け寄ろうなんて――微塵も思わなかったはずよ。」
一呼吸おいてから静かに続ける。
「それから……さっき、魔塔主には気をつけろって警告をしてくれたのも――レイノルドさん、あなたよね?敵や、裏切り者だったなら……そんな警告する必要なんてない。あなたは一体、何者なの……?」
深紅の瞳がまっすぐレイノルドをとらえる。
「僕の正体は……残念だけど、教えられない。」
レイノルドが悲しげな表情を見せ、首元を指でつつく。
「……首?」
シエルは意図がわからず首を傾げる。
「おや、主人は気付かないんだ?あのワンちゃんなら、すぐに気付いてくれたのにね……」
レイノルドの発言にノクターンが目を見開く。
――ガチャンッ
ノクターンの手から漆黒の長剣が零れ落ち、鈍い金属音を響かせて床に転がる。
「レイ、お前……!誰と……誰と盟約を結んだ!?」
必死な形相でレイノルドに歩み寄って両肩を掴み、激しく揺さぶる。
「さぁ?それは――秘密。」
シーッと唇に人差し指をあて、レイノルドの唇が弧を描く。
「……僕はまだ、長生きしたいからねぇ。」
スッと目を細めて契約者をはぐらかす。
シエルを襲撃した家臣――ストラウスのように、刻印に呪い殺されたくない……そう言っているかのように。
「あぁ、でも……1つだけ言えるのは――今回調査に出した刻印とは、また別の勢力だってことくらいかな。」
普段のようにおどけるレイノルドはウインクを見せる。
「別の、勢力……」
ノクターンはレイノルドの肩を掴んだまま小さく呟く。
自分が知らないところで何が起こっているのか――そう、言いたげに濃紺の瞳が揺らぐ。
「レイノルドさん……これは答えられる?」
シエルは少しの沈黙のあと、まっすぐレイノルドを見つめて問いかける。
「敵か、味方……あるいは、裏切り者――あなたは、どっちなの?」
一瞬だけ深紅の瞳が不安げに揺れ、まっすぐとレイノルドを捉える。
まるで真意を探るかのように、じっと碧眼の瞳を見つめている。
ノクターンも、レイノルドの返答に固唾を飲む。
静寂が訪れ、緊迫した空気が漂う中、レイノルドが小さく答える。
「……味方だよ。一応、ね」
レイノルドの答えを聞いたシエルは安堵の息をついてそっと微笑む。
「嘘吐き……」
シエルは正体を偽って敵のフリをしたレイノルドに向かって小さく呟く。
「……君に言われたくはないさ」
レイノルドも負けじとシエルに反論する。
「失礼ね、私は騙したことなんて……あっ、あったわ――」
変異種討伐の任務遂行中、正体を隠していたシエルが騎士団を壊滅状態にしてしまったことを思い出して苦笑いを浮かべる。
『……お互い様』
2人が同時に声をあげてクスクスと笑った。
緊迫と静寂は消え去り、ほのぼのとした空気が漂い始める。
「……レイ、お前は味方だと言ったが……お前の契約者は、信用出来る奴なのか?」
じっとレイノルドを見つめるその瞳は、淡い期待を抱いているように見えた。
「詳しくは話せないけど……少なくとも、敵じゃないさ。」
ふっと柔らかく微笑む。
「そうか……良かった――」
張り詰めていた緊張の糸が解けたノクターンは床に崩れ、静かに倒れこむ。
レイノルドは心配そうな表情を浮かべる。
「ちょっとノクス、大丈夫……?」
倒れ込んだノクターンに笑いながらそっと手を差し伸べる。
「……誰のせいだ、バカ!」
ノクターンは差し伸べられた手を勢い良く引っ張って、レイノルドがバランスを崩して倒れこむ。
それをバネにしてノクターンは起き上がり、すかさずレイノルドに渾身の頭突きを食らわす。
「痛っ……!もう〜ノクスってば容赦ないんだから〜」
涙目になりながらレイノルドはおでこをさする。
軋んでいた友情の歯車が、再び噛み合う。
窓から差し込む幻想的な月明かりが、2人を優しく見守っていた――。