第11話 ノクターンの秘密
魔塔主への鑑定が効かないというトラブルの中、シエルは思いがけずノクターンの秘密を知ってしまった。
スキルの不具合では無かったことが分かったとしても、許可なく他人の個人情報を覗いたという罪悪感に駆られていた。
(こんなに気落ちしている団長さん、初めて見た……。誰にだって知られたくない秘密はあるのに……私は、最低なことをしてしまったのかもしれない――)
幻想的な月明かりが室内を包む中、ノクターンは何も言わず、ただ静かに佇んでいた。
その沈黙が、彼の心の重さを物語っているようだった。
「……スキルの不調を確認するためとはいえ、勝手に覗いてしまってごめんなさい。」
シエルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「見てしまったのは……スキルとステータス、それから家族構成と――」
先を言おうとしたシエルをノクターンは片手で制し、短く告げる。
「分かった、それ以上言うな。」
少しの沈黙の後、ノクターンは重たい口をゆっくりと開いた――。
「お前が覗き見た通り、俺には――腹違いの弟がいる。まぁ、だからといってソイツは俺の脅威になるような奴じゃないから気にしていないが……」
そう言ってノクターンが一瞬だけ言葉を濁す。
口に出すことを躊躇いながらも静かに告げる。
「問題は――嫡子であるはずの俺が、父上に期待されていないことだな……」
月明かりがノクターンの横顔を照らす。
その表情は、普段の自信に満ちた姿とは違ってどこか儚げに見えた。
そっとシエルの隣に腰を下ろすと、膝の上で手を組んで呼吸を整えてから続ける。
「俺は公爵家の次期当主という立場だが……父上から認められたことは――1度も、無いんだ……」
黙って話を聞いていたシエルは目を見開いた。
叔父夫婦の必要な存在になりたい……自分を認めてほしい――と願っていた前世を思い出し、クッションを抱きしめる手に思わず力が入る。
「幼い頃から父上に認められたい一心で貴族教育や剣術を完璧に会得しようと必死に努力した末、ようやく騎士団長の座に就くことができたんだ。だが……」
ノクターンは膝の上で組む手には力が入りすぎて、血色が失われている。
「次期当主ならそれくらいできて当然だ――とあしらわれてしまってな……それ以来、俺は父上に期待を抱くのはやめたよ。」
(団長さんも、肩身の狭い想いをしているのね……)
シエルは深紅の瞳をそっと伏せ、ノクターンの漆黒の髪を優しく撫でる。
「慰めているつもりか?」
ふっと微笑んで髪をなでているシエルの手を掴む。
ノクターンの濃紺の瞳をまっすぐ見つめ、これまで黙っていたシエルが静かに口を開いた。
「……私もね、この世界に来る前は……団長さんと似たような境遇だったのよ」
(同じ境遇を持つ彼になら、話してもいいかもしれない――)
ノクターンが目を見開いてシエルを見る。
「お前も……?」
シエルは高く昇った月を見上げながら静かに頷く。
「前に、洞窟で……人を信じられないと言っていたことがあったでしょう?」
ノクターンは、そんなこともあったな――と思い出しながら頷いた。
「あの時はタイミングが悪くて、俺が盗み聞きしてしまったんだったな」
申し訳なさそうに頭を掻きながらも、ふっと微笑む。
「まだ正体を隠していた頃だったから、バレちゃったんじゃないかってヒヤヒヤしたわ」
そう言ってシエルは両親が亡くなった事、遺産目当ての叔父夫婦から冷遇されていたこと、常に孤独を感じていたことを簡潔に告げる。
「なんて奴らだ……アヴァルディア国民だったら即処刑してやったのに――。」
ノクターンはまるで自分の事のように静かな怒りをあらわにしている。
「そんなひどい人たちでも、私にとっては唯一の家族だった……。だから、どうしても認めてほしかった。必要とされたいって、毎日願っていたの……」
シエルはノクターンの肩に寄りかかると小さく呟いた。
「……まるで鏡を見ているかのように、似ているよね――私たち」
「お前も随分ツラい想いをしてきたんだな……」
ノクターンの手がシエルの髪をそっと撫でる。
「……話が長くなったな。夜も遅いし、続きはまた明日だ。ゆっくり休め。」
そう言ってノクターンはベッドから立ち上がり窓辺に腰かける。
窓の外には月灯りに照らされた湖面が静かに波紋を描く。
まるで、この先に待ち受ける命運を現しているかのように……。