第9話 種明かし
魔塔を後にした騎士団一行は、アストラルヴィエンの街中を静かに歩いていた。
ノクターンの周囲には、まるで嵐の前の静けさのような重たい空気が漂っていた。
騎士たちはその圧に押され、肩をすくめながら距離をとっている。
「そんなに怖い顔して、どうしたの?みんな、怯えてるけど……」
ノクターンを見つめながら恐る恐る問いかける。
「警戒していたはずなのに精神を支配されるとはな……俺も劣ったもんだ」
そう言って自嘲気味に笑うノクターンはギュッと拳を握り締める。
「そんなの、気にすることじゃないのに……」
シエルは深いため息をつく。
「そんなことだと?」
ノクターンの鋭い瞳がシエルを射抜く。
「……あの人と、目を合わせたからよ。」
シエルはビクッと肩を震わせながらも静かに答える。
「目を……?お前だって合わせていただろ」
首をかしげながらもシエルに反論する。
「私は召喚者だし、その……祝福スキルが、あるから――」
シエルは一瞬ためらったが、ノクターンを信じて打ち明ける。
「祝福スキル?何だそれ」
初めて聞くスキルの名に、ノクターンは戸惑いの表情を見せる。
「召喚者だけが持つ、特殊なスキル……みたいなものよ。」
(一か八かの賭けだったけど、今回もこのスキルに助けられたわ……)
変異種討伐の際も活躍した祝福スキルに今回も助けられたことを思い出してシエルはそっと微笑む。
「……なるほどな。それで、スキルの詳細は?」
「え?」
シエルは鳩が豆鉄砲を食ったような表情でノクターンを見つめる。
「その特権スキルとやらが、どうやって精神魔法を防いだんだよ?」
探るようにじっと見つめるノクターンにシエルはたじろぐ。
「……状態異常の、無効化とか出来ちゃったり……?」
視線をそらしながら観念したように告げる。
「はぁ!?お前、そんな反則……いや、もう何でもアリだな、召喚者ってのは。」
一瞬驚いたものの、面白いおもちゃを見つけたような表情で静かに笑った。
「あぁ、それからレイノルドさんの事だけど……」
「ん?レイがどうした?」
首をかしげながらシエルに声をかける。
「魔塔を発つ前に防御魔法を仕込んでおいたから、洗脳されることは無いはずよ。」
「お前、いつの間に……」
ノクターンはハッとしてシエルを見る。
「レイの顔を覗き込んだときか……!」
「正解。」
シエルはいたずらな笑みを向け、シーっと唇に人差し指をあてる。
ノクターンに精神支配をかけた仕返しだと言わんばかりにシエルは悪い表情をしている。
「まぁ、でも私より格上の存在みたいだから、100%防げるとは言い切れないのが悔しいわ……」
レイノルドの身を案じながらそっと唇をかみしめる。
「召喚者より格上?……あの魔塔主が?」
シエルは無言で頷く。
「……鑑定を、弾いたのよ。」
「は?鑑定……?正確に区別できるっていう……あの希少スキルの事か?」
情報量が多すぎて話についていけないノクターンは頭を押さえながら問いかける。
「正確には、何も表示されなかった――。まるで、隠蔽されているかのように……ね」
シエルの深紅の瞳が不安げに揺れる。
「あの魔塔主は警戒すべき人物であることがよくわかった。……この話は後でゆっくり話し合おう」
そう言ってノクターンは騎士たちの方に向き直る。
「今日は宿を取って休む……と言いたいところだが、1つの宿に全員で押し掛けるのは迷惑だ。だから、2~3人ずつペアになって街中の宿に泊まれ。シエルとフェリルは俺と一緒だ。いいな?」
一瞬の沈黙の後、再びゆっくりと言葉を紡いだ。
「……進展があれば伝令石で連絡が来る。その時は、この広場に集合だ。」
騎士たちとシエルは気勢をあげる。
「了解しました」
「分かったわ」
騎士たちは少人数のペアを組むと、それぞれ宿のある方向へと歩き出す。
都市の幻想的な青白い灯りが、彼らの背を優しく照らしていた――。