第4話 大魔塔・アストラリウム
魔法兵の案内で魔塔内に足を踏み入れた騎士団一行。
大理石の床には大きな魔方陣が描かれ、淡い光を放っている。
ひんやりとした冷たい空気が肌を突き刺し、まるで別世界へ迷い込んだような錯覚に陥る。
「こんなに奥行きあったっけ……?」
シエルは不思議そうに首を傾げ、小さく呟いた。
エントランスホールを小さなゴーレムたちが、忙しなく飛び交っていた。
小さいながらも塔内に異常が無いかを常に監視している。
「へぇ、魔導ゴーレムか。随分と厳重に管理されているんだねぇ……」
レイノルドは、ふわふわと浮かぶゴーレムたちに関心を示す。
「資料によると国の最高機関らしいぞ。それだけ重要な場所のようだ」
ノクターンは手元の書類に視線を落としながらレイノルドの独り言に静かに答える。
「こんなに厳重に管理するなんて――まるで、何かを隠しているみたいだ……」
先程までの穏やかな雰囲気は消え去り、レイノルドは探るように鋭い眼差しで周囲を見渡している。
「無礼な!国の最高機関が厳重な警備なのは当然の事。やり方は違えど、王都の城も同じようなものだろ!」
黙って先を歩いていた魔法兵が振り返り、レイノルドを睨みながら鋭く言い放つ。
「……そうだな。うちの副団長が無礼を働いてすまなかった」
ノクターンはレイノルドに鉄拳を浴びせ、魔法兵に謝罪する。
「ふん。魔力も持たない騎士風情が……」
「……そんな言い方しないでくれる?魔力が無くたって彼らは強いし、前線で戦えるのよ。だけど……あなたは?」
魔法兵の言葉を遮ってシエルが冷たく言い放つ。
「魔力を失くしたら戦えない人が偉そうな口、叩かないで。」
ローブの奥に隠された深紅の瞳が怒りに燃え、魔法兵を鋭く射抜く。
「お、お前だって魔導師じゃないか!人のこと言える立場じゃ……ひぃっ」
シエルは影のようにスッと前に出た。
ノクターンが帯剣しているはずの漆黒の長剣。
それを器用に抜き取って魔法兵の顔へ、鈍色に光る剣先を向けた。
「……おいっ!いつの間に……」
ノクターンは驚いた表情で残された鞘と剣を握るシエルを見つめ、ため息をつく。
(私ってば、いつの間に剣を……)
シエル自身も驚くほど自然な動作で剣を手にしていた。
魔法兵の態度に剣を握る手が震えるほど、怒りがこみあげていた――。
「魔法だけじゃない……剣だって、使えるんだから。これ以上、彼らを侮辱するようなら――容赦しないよ」
腰を低く落として剣を構えると、漆黒の剣先がキラリと光る。
シエルの威圧が空間を静かに支配している。
「わ、分かった……!もう何も言わないから、剣を下ろしてくれ……!」
魔法兵は両手をあげて後退る。
魔導ゴーレムたちが異常を感知して警報を鳴らしながらシエルたちを取り囲む。
一触即発の状況下、緊張感のない間延びした声が響いた。
「はーい、そこまで。」
レイノルドが手を叩いてシエルと魔法兵の間に割り込む。
「シエルさん、やりすぎだよ。ここで問題起こしたら、魔塔の協力が得られなくなっちゃう。」
口調だけは穏やかだが、レイノルドの威圧的な雰囲気に気圧されたシエルはハッと我に返って剣をノクターンに返した。
「……ご、ごめんなさい!魔力持ちだからって偉そうに騎士たちを侮辱するのが許せなくて、つい……」
慌てて弁明を図るシエルにレイノルドが優しく微笑む。
「分かればよろしい。……きみも、ここでトラブル起こして魔塔主に首切られたくないでしょ?」
魔法兵は恐怖に顔を歪めながら無言で何度も首を縦に振り、ゴーレムたちに指示を出した。
「……こ、ここは問題ない。警備を続けてくれ」
ゴーレムたちは警報を止めて静かに去っていく。
少し歩いたところで、床に複雑な模様が描かれた大きな魔法陣のゲートが、ピンク色の光を放って低い振動音を響かせている。
「……この先で魔塔主様がお待ち……です。」
シエルの脅しが効いたのか、騎士たちに敬語を使う魔法兵はサッと道を開けて一行をゲートに誘導する。
「っ……!」
シエルは思わず息をのむ。
気配探知が効かないことに焦りを隠せず、ノクターンのマントをそっと掴んだ。
「……どうした?」
シエルに引っ張られたノクターンが振り返る。
「ここ、気配探知が使えない……」
周囲を気にして小声で話すシエルにノクターンの濃紺の瞳が僅かに見開いた。
「レイの言うとおり、何かあるのは間違いないかもな……」
深いため息をついてシエルの手を握る。
「大丈夫だとは思うが……念の為だ。」
「……うん」
(この先に、魔塔主がいる……)
シエルは不安そうに揺れる瞳でノクターンを見つめる。
(気配探知を遮るほど、知られたくない何かが、この先にあるというの……?)
騎士団一行はピンク色の光を放つ移転ゲートをくぐり、魔塔主の元へと進んだ――。