終章 出発
シエルたちは王城の北に位置する騎士団の宿舎へと訪れていた。
石造りの外壁は堅牢で、分厚い木製の扉には今にも飛び立ちそうな黒い鷹の紋章が刻まれている。
「騎士たちの宿舎、初めて来たけど……随分と厳重なのね」
感心したようにシエルは辺りを見渡す。
「そりゃあ王国一の騎士団だからね。ココが落とされたら――王都も終わりさ……」
レイノルドはサラリと不吉なことをいう。
「無駄口を叩くな、レイ。さっさと中に入るぞ」
鋭い目つきで2人を射抜くとノクターンは足早に宿舎の中に消えていった。
「……何か、機嫌悪い……?」
怒らせてしまったかと不安になり、シエルは恐る恐るレイノルドに尋ねる。
「いや?アレが普段のノクス――冷徹な悪魔の真の姿さ。」
表情1つ変えずにノクターンが消えた先を見つめてレイノルドは静かに呟いた。
「悪魔……」
(団長さんも、悪魔って呼ばれてるんだ……)
シエルは叔父夫婦や同級生たちから "不幸を呼ぶ悪魔"や”悪魔に魂を売った死神” と蔑まれていた前世を思い出す。
同じように恐れられるノクターンに、妙な親近感を抱いた。
――クスッ。
思わず笑みを零す。
「……似た者同士ってわけね」
小さく呟き、シエルはノクターンの後を追う。
「悪魔が、似た者同士……?」
不思議そうに首を傾げるレイノルドは2人のあとを静かについていく。
エントランスホールには騎士たちが集まり、ノクターンが荷物の最終点検をしていた。
「非常食よし、野営セットよし、ポーションよし。……調査物よし、それぞれバッグに詰めてくれ」
チェックを終えると、騎士たちは各自のマジックバッグに荷物を収納していく。
(調査物……?)
シエルは”調査物”と呼ばれた白い袋に近づき、そっと手を伸ばした。
ノクターンが制止するよりも早く、シエルが袋の中を覗くと……。
――目が合った。
「きゃっ!?」
短い悲鳴を上げたシエルは慌てて飛び退き、調査物から距離を置く。
(な、なんで、あんなモノが……しれっと置いてあるのよ――!)
秘密保持の刻印が刻まれたストラウスの生首が白い袋の中に無造作に置かれていた。
腐ることなく保たれた顔は、死後とは思えぬほど生々しく……薄く開いた唇が、何かを訴えているようにも見えた。
「……お前は何をやっている。大丈夫か?」
ため息をつきながらもすぐに駆け寄るノクターンが心配そうにシエルを見る。
「大丈夫、突然すぎて驚いただけ……」
シエルは青ざめながらも疑問を投げかける。
「それよりもアレ、亡くなってから結構経っているけど……どういう保管をしていたの?」
腐食もせず綺麗なままの生首が気になったようでノクターンへ尋ねる。
「保存魔法がかかっている。というか、無暗に触るな。危ないだろう」
「あははっ、シエルさんやっぱり度胸あるね。死体を見た恐怖より、探求心が勝っちゃうなんてさ……」
レイノルドが笑いながら近づいてくる。
「……準備しながらでいい。みんな聞いてくれ」
ノクターンは一呼吸置いてから、静かに告げた。
「これからアストラルヴィエンへ移動する。王都を出たら、シエルの移転魔法で一気に飛ぶ」
――バサバサッ!
エントランスホールに、荷物を落とす音が響いた。
「えぇ!?移転魔法!?」
「高度な魔法で取得してる人が少ないっていう――あの移転魔法か!?」
「凄すぎだろ……やっぱ、召喚者は規模が違うなぁ……」
騎士たちは驚きと感心の眼差しでシエルを見つめる。
(……大勢の視線に晒されるのは、昔から苦手なのよね……)
シエルはローブのフードを目深にかぶり、視線を避けた。
「お前ら……手が止まっているぞ。作業を続けろ」
ノクターンの冷たい声が響くと、騎士たちは慌てて動き出した。
「うん、いつものノクスだ」
クスッと笑うレイノルド。
しかし、次の瞬間――鉄拳が飛ぶ。
「お前も動け、副・団・長!」
ノクターンのドスのきいた声が響いた。
「あいたっ……もう、容赦ないんだから〜」
涙目で頭をさするレイノルド。
「何か、いいな――こういう雰囲気……」
シエルはクスクス笑い、ノクターンとレイノルドの背中を見つめた。
「……団長、準備が終わりました!」
おずおずと、一人の騎士がノクターンに報告する。
「よし、出発だ。」
ノクターンが宿舎を出て、王都の入り口へと向かう。
レイノルドと騎士たちが、それに続いた。
「私たちも行こうか」
シエルとフェリルも、騎士団のあとに続いて宿舎を後にする。
賑やかな城下町を通過し、行商人たちで行列ができている関所をくぐった。
人気の少ないところまで歩いたところでノクターンが一声かける。
「じゃあシエル、移転魔法を頼む」
シエルは頷いて魔法杖を高く掲げた。
「座標アストラルヴィエン……」
シエルが短い呪文を唱えると空気が震え、青色の淡い光が周囲に広がる。
複雑な模様が地面に描かれ、大きな魔法陣が静かに浮かび上がった。
「移転開始!」
力強く杖を振り下ろした瞬間――眩い光が騎士団一行を優しく包み込んだ。
光が収まると、騎士たちはアストラルヴィエンへと旅立つ。
爽やかな風が吹き込み、彼らのいた場所を静かに撫でるのだった――。