第18話 忍び寄る陰
夜も深まり、屋敷の灯りも消えて静まり返ったノクターンの個人邸宅。
ひんやりとした空気が邸宅を包み、月灯りが静かに照らしている。
屋根の上には黒いローブに身を隠した人物が佇み、音もなく移動を始めた。
まるで闇そのものが蠢いているかのような不気味さを感じさせる。
とある部屋の真上で立ち止まった黒い人物はバルコニーへ静かに降り立ち、音を立てずに鍵を開けて中に入った――。
「……何用だ――ここは主の寝室ぞ!」
姿勢を低くし、静かに威嚇しているフェリルがローブの人物を鋭く睨みつける。
「なっ――貴様は……!」
何かに気付いたフェリルが驚いたようにローブの人物を見つめる。
「おっと?僕は隠密を纏っているんだけど……神獣様には効果ないのかな?」
ローブの人物は肩をすくめフェリルに問いかけ、人差し指を口元にをあてて正体を言うなと静かに警告する。
「ふん。気配は消せても、匂いまでは隠せぬ。……獣の前では隠密など無意味だ。」
依然として警戒態勢のフェリルはローブの人物に告げる。
「へぇ……有意義な話をありがとう。次からは気を付けるよ。」
ローブの人物はチラリとベッドの方へ視線を向ける。
そこにはスヤスヤと心地良い寝息を立てて熟睡しているシエルの姿があった。
「……どうやら君の主には、警戒心というものが無いようだね。」
食後のタルトが効いたのか、シエルの瞼は重たく閉ざされている。
その姿を見たローブの人物は深いため息をついて静かに口を開く。
「侵入者がこんなにも近くにいるのに、気付かず爆睡しているなんて……」
フェリルが小さく短い咆哮をあげてローブの人物をけん制する。
「貴様から敵意は感じられぬが……それ以上、主に近付くでない」
ローブの人物はサッと距離をとって告げる。
「おぉ、怖い……心配しなくても、キミの主を傷つける真似はしないよ。……彼に怒られちゃうからね」
フェリルは鋭い目つきでローブの人物を射抜き、深いため息をつく。
「全く……。こんな身近に敵が潜んでいたことにすら気付けないとは……我も劣ったな。」
やれやれと言わんばかりに首を振る。
「敵だって?心外だな……僕は味方だよ。一応、ね……」
フェリルの鋭い眼差しがローブの人物を獲物を狙う猛禽のように射抜く。
「しかし、あやつの目をも欺くとは……貴様も恐ろしい奴だな」
「……彼には、僕の正体を明かさないでくれると助かるよ。――まだ、仲良くしていたいからね……」
深くかぶったローブの陰から覗く黄金の髪が、月光に照らされ妖しく光る。
「ふん、約束はできぬ。味方だという証明ができたら、貴様を信じて言わずにおいてやっても良いが。」
「うーん……それは、ちょっとばかり厳しいかな……」
ローブの人物は自身の首元を指でトントンと指し示す。
「……!貴様も盟約を……」
フェリルは目を見開いてローブの人物を見る。
「1つだけ言えるのは……僕の盟約の主は、今回あの子を狙った黒幕とは全くの別人だということだけだよ」
静かに頷いてストラウスの襲撃事件とは無関係だと主張して、フェリルのもとに1通の封筒を投げる。
封筒の隙間から、僅かに覗く黒いインクの文字。
フェリルには読めないが、ただならぬ雰囲気を感じ取った。
「……これは何だ?」
フェリルは不思議そうに封筒とローブの人物を見る。
「本当なら、この封筒だけを置いて立ち去るつもりだったんだけど……隠密はともかく、正体までも見破られるなんて想定外な事件が起きてこのザマさ。」
ローブの人物は口を閉ざし、静寂と緊迫した空気が2人の間に流れる。
そして一呼吸おいてから再び告げる。
「……アストラルヴィエンへの調査任務では気を付けた方が良い。絶対に、あの子を1人にさせたらダメだよ」
そう言い残してローブの人物は音もたてず暗闇へ溶け込むように立ち去って行った。
「あやつは敵なのか、味方なのか……」
ローブの人物が去って行った窓を見つめ、深いため息をつく。
「今回ばかりは見逃してやろう。だが次に来たときは……」
フェリルは小さく呟き、封筒を拾い上げてそっとシエルの枕元へ置いた――。