第4話 死後の世界?いいえ、神界です。
目を覚ますと、色とりどりの綺麗な花が咲き誇る、美しい草原が視界一面に広がっていた――。
柔らかな風に乗って花びらが蝶のように舞い、ふんわりと甘い花の香りが鼻をくすぐる。
空には七色の光が虹のように煌めき、周囲には黄金のように輝く光の粒子が浮遊している。
まるで夢を見ているような幻想的な景色に葵は息をのみ、しばし言葉を失った。
「ここは……?」
呆然と呟き、トラックにひかれた事を思い出した葵は自分の身体を見下ろす。
そこには傷ひとつなく、あの事故の鈍い痛みも消えていた。
「……死んだのかな……」
その時、背後から透き通った落ち着きのある女性の声が響いた。
「気が付いたのですね。」
振り返ると、眩い光の中に一人の女性が立っていた。
プラチナブロンドの髪が風になびき、まるで光そのものを纏ったように神々しいその姿は、どこか空気を震わせるような威厳を持っていた。
「……あなたは、誰?」
葵は1歩後退り、警戒心を抱きながら声の主に問いかける。
「私はクロノス。時間と時空を管理する、時空の女神よ。」
「……女神……?」
突然の神様の出現に驚いた葵へ、クロノスは神々しい微笑みを浮かべながら説明を続ける。
「ここは死後の世界ではなく、神界――私たち神の棲む世界です。」
その言葉を聞いて更に驚き、葵は目を見開いた。
「神様の世界……? なんで、私がこんなところに……」
クロノスは優しい眼差しで葵を見つめた。
「あなたの魂には特別な力が宿っているのです。それゆえ、あなたの死後、魂をこちらの世界に呼びました。」
女神の言葉に葵は首をかしげる。
「私の魂に、特別な力……?」
クロノスは頷きながら静かに続ける。
「えぇ。あなた自身も、気付いているのではありませんか?」
クロノスの問いかけに葵は思考を巡らせ、ハッとする。
「やっぱり、あの夢が……?」
このところ毎日見るようになった魔法使いの夢のことを思い出した。
自分と同じ容姿をした魔法使いが1人で魔王を封印する……そんな、不思議な夢を――。
「神が人間と関わることは本来、禁忌なのです。神々の掟に従い、これより先のことは私の口からお伝えできません。」
葵はため息をついてクロノスを探るような眼差しで見つめる。
「つまり、規則に背くから私の魂に宿った特別な力については教えられない。だから自分で見つけろと?」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら静かに頷く。
「……そういうことになります。本来、あなたの寿命は膨大に残っています。そこで……あなたに1つの提案をしましょう。」
クロノスは一呼吸おいたあと、ゆっくりと口を開く。
「異世界に転生して、新しい人生を歩んでみませんか?」
「異世界に、転生……?」
突然の提案に戸惑いを隠せない葵。
(もしかして、異世界に行けばさっきの答えが見つかる……?)
クロノスが言った特別な魂の答えは異世界にあるのではと考えた葵は、新しい人生への期待が胸に芽生える一方で……。
(異世界でも、今のように孤独になったりするんじゃ……)
これまで家族や周囲から受けてきた待遇を思い出し、不安な思いが葵の心をじわじわと蝕んでいく。
だが……葵の心を動かしたのは、クロノスの一言だった――。
「あなたは、"誰かの役に立ちたい"と願っているのではありませんか?」
「……っ!」
その一言に、葵の胸が大きく高鳴る。
そして葵は静かに口を開いて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……異世界で、困っている人がいるなら助けたい。こんな私でも、誰かの役に立てるなら……新しい世界で生きてみたい!」
クロノスは優しく微笑み、葵に手を差し伸べた。
その手は柔らかくも力強く、どこか温かさを感じさせる。
葵は、差し出されたクロノスの白い手を見つめた。
恐れ、不安、期待……様々な感情が葵の胸を駆け巡る。
だが、最終的に彼女の心を動かしたのは、「誰かの役に立ちたい」という強い思いだった。
葵は震える手をそっと伸ばし、クロノスの手を掴みとる。
次の瞬間、柔らかく温かい光が彼女を包み込んでいった――。