第11話 束の間の平穏
家臣による召喚者の暗殺未遂から数日――。
シエルとフェリルは、ノクターンの個人宅で平和な日々を送っていた。
屋敷に足を踏み入れた当初、お世話になるからには掃除や食事などの手伝いをさせてほしいと申し出たシエルだったが……。
使用人たちからは「お客様に、そのような事させるわけにはいきません!」とあっさり断られてしまった。
「貴族の家だから客人にも厳しいのかと思ってたけど、そうでもないみたいね?なんか拍子抜け……」
お気に入りになりつつある白薔薇が咲き誇る庭園のテラスで、シエルは優雅にお茶を嗜みながらポツリと呟く。
彼女の左胸には先日、ノクターンにプレゼントされた濃紺のブローチが輝いていた。
「お主は貴族をなんだと思っておるのだ……」
フェリルは軽くため息をつきながら呆れた表情でシエルを見つめる。
「権力を振りかざして偉そうにしていたり、自分より身分の低い人をこき使ったり……?」
シエルは前世で裕福だった叔父夫婦を思い浮かべながら答える。
この世界で言う貴族のような立場にあった叔父夫婦は”後見人”という権力を利用し、シエルが相続した遺産を奪い取った。
そして孤児となった彼女を部屋に軟禁し、罵声を浴びせて精神的に追い詰めていた。
それが貴族の本質なのだと思っていたシエルは、公爵家の使用人たちが想像と違う反応を見せた事に戸惑っていた。
「……そんなことを、この国でしたら一発で首が飛ぶぞ。」
個人訓練を終えたノクターンが苦笑いを浮かべながら、シエルのいるテラスに向かってきた。
「あ、団長さん……訓練、お疲れ様です。」
シエルはノクターンに労いの言葉をかける。
「あぁ。……さっきの話だが、この国では身分や種族での差別は法律で禁じられている。自分より格下を冷遇するのは差別と同等だから、この国では鞭打ちだ。」
ノクターンはテラスの椅子に腰を下ろし、穏やかに続けた。
「奴隷制度も数世代前の王になってから廃止され、奴隷売買に関わった暁には――問答無用で首が飛ぶ」
「そういえば、そんな話を聞いた気がする……」
襲撃事件で忘れていたが、シエルは女神からアヴァルディアの特徴を教えられていたことを思い出した。
「……それから。」
ノクターンは少し表情を引き締めると、真っ直ぐシエルを見た。
「召喚者の暗殺未遂で中断された謁見の再開が明日に決まった。正式な日程が通知されたようだ。」
シエルはノクターンからの報告に思わず手が強く握り締められた。
「また、王城に……」
もしも再び、襲撃されたらどうしよう……とシエルは不安に駆られる。
「そんなに心配しなくても俺やフェリル、それに騎士たちもいる。二度とあんな目には遭わせないから安心しろ」
ノクターンはポンっとシエルの頭に手を置き、安心させるように力強く言い切る。
「そうだね、みんながいるなら大丈夫そう。それに、今度は私も気配探知を常時発動させておくわ……」
もうあんな目に遭うのはこりごり……とシエルは苦笑いを浮かべる。
「明日に備えて今日は早めに食事をとって休むぞ。」
ノクターンは立ち上がり邸宅へと足を進める。
「賛成」
(しっかり食べて、しっかり休もう。明日は、また何かが起こるかもしれないから……。)
シエルも明日への覚悟を決めてノクターンの後を追い、邸宅へと戻っていった。
誰にも分からぬ未来へと、一歩踏み出していくことになるとも知らずに――。




