第7話 ブラックフォード公爵邸へ
王城を離れたノクターンとシエルたちは城下町を通り過ぎ、貴族街へと足を踏み入れていた。
周囲には豪華な屋敷が建ち並び、上品な身なりの貴族たちが行き交っている。
「……なんか、大きい家ばかりになってきたんだけど?」
「そりゃあ貴族街だからな、ここ。」
しれっと言うノクターンに、シエルの顔が強張る。
「……団長さんって、もしかしてお貴族様……だったりする……?」
恐る恐るノクターンに訪ねるシエルだったが、聞いた事を後悔するのだった……。
「言ってなかったか?俺はブラックフォード公爵家の次期当主だ」
貴族街を通過している時点で薄々予想していたシエルだったが、あまりにも位の高い身分に驚きを隠せずにいた。
「聞いてない!というか、公爵家って貴族の中でもトップなんじゃ……?」
「貴族階級で表すとトップが国王、その次に大公、次の次に公爵だからトップといえばトップかもな。」
貴族の中でも頂点に君臨するノクターンが、自分を助ける理由は何なのかとシエルは疑問を抱く。
(そんな偉い人が、どうして私を……助けてくれるの?ここまで親切にしてくれる理由は、一体なに……?)
「何で自分を助けるのか、って顔してるな。」
ノクターンはシエルの考えを見透かしたように口を開く。
「確かに俺は貴族の頂点かもしれないが、同時に騎士団長でもある。」
いったん口を閉ざし、シエルをまっすぐ見つめて再び言葉を紡ぐ。
「召喚者だとか、国の要人だとか関係なく、シエルだから助けようと思った。」
「……私だから?」
(どうして?私たちは、まだ出会ったばかりなのに……)
シエルは首をかしげてノクターンを見つめる。
「俺自身も正直よく分からない……。だが、俺の直感が言っている。お前を失えば、必ず後悔すると……」
ノクターンの真剣な眼差しがシエルを捉え、シエルもまっすぐ彼を見つめ返す。
「……さっきも、あなたの直感には助けられたわ。だから、その直感に間違いは無いと思う……。」
シエルは謁見の間での出来事を思い返して一瞬だけ口を閉ざし、静かにノクターンに告げる。
「これから先、危険な目に遭うことが増えるかもしれない……。私やフェリルだけじゃ、対処できないときは……あなたのことを頼りにしてもいいかな……?」
前世では叔父夫婦から冷遇され、学校では友達だと思っていた同級生から裏切られ、人間不信に陥っていたシエルの心にノクターンへの信頼が芽生えた瞬間だった――。
「当たり前だ。1人で抱え込まずに俺や、騎士たちを頼ってくれ。どんなことがあっても、必ずお前を守ると約束しよう。」
シエルが作戦会議後の洞窟で”人を信じるのが怖い”と言っていたことを思い出したノクターンは、優しく微笑み力強く答える。
(召喚前にひどい扱いを受け、召喚後は命を狙われ……とんだ災難だが、コイツの信頼を裏切らないよう絶対に黒幕を見つけてやる――。)
「ありがとう……頼りにしてるね、団長さん」
2人の間には静寂が訪れ、ノクターンの黒馬とフェリルの歩く足音だけが聞こえる。
しばらく進むと、貴族街に立ち並ぶ屋敷の中でも、ひときわ異彩を放つ大きな屋敷が現れた。
貴族街の中では1番大きい屋敷に、ブラックフォード公爵家がどれほど大きい権力を持っているか象徴しているかのようだった――。
「ついたぞ。ここが俺の個人邸宅だ。」
黒を基調とした外観は、華やかな貴族街の中でどこか異端な雰囲気を醸し出している。
「いや、大きすぎるでしょ……」
シエルが想像していた家の大きさとはかけ離れた屋敷に驚きを隠せずにいた。
「ふむ……流石は公爵家。良い住処ではないか。」
いかにも公爵家らしいとフェリルは感心している。
「いや、規模が違いすぎるのよ!」
前世では冷遇されていたものの、普通の一軒家で暮らしていたシエルは、規格外な屋敷の大きさに思わずツッコミを入れてしまう。
「フェリル、お前も住むんだからな。」
「当然だ。我は主と共にある。」
フェリルはドヤ顔で告げる。
「ようこそ、ブラックフォード公爵邸へ――。お前たちを歓迎する。ここは王城に次ぐ要塞だから安心して過ごすといい。」
シエルとフェリルはノクターンに続いてブラックフォード公爵邸へと足を踏み入れるのだった――。