第3話 終焉の日常
爽やかな風が頬を撫で、眩しい日差しが肌を焼く。
太陽の光に反射した銀色の長い髪がキラキラと輝いている。
1人で静かに歩く、いつもと変わらない通学路。
そこへ友人と無邪気に笑いあいながら登校する小学生たちが、葵の横を走って通り過ぎた。
「元気だなぁ……」
深紅の瞳を小学生たちに向けた葵の小さなつぶやきは、さっと吹いた強めの風に乗って消えていった――。
「……あっ!帽子!」
先を歩いている小学生の黄色い帽子が風に飛ばされ、道路に転がるところを目撃した。
(まさか、取りに行くんじゃ……)
不安を覚えた葵は足を止め、様子をうかがう。
予想通り、小学生は帽子を拾うために迷わず道路へと飛び出した。
その瞬間――。
「危ないっ――!」
大型トラックが猛然と迫り、タイヤが悲鳴を上げるように甲高いブレーキ音を響かせた。
しかし、その巨体は止まる気配もなく、まるで獲物を捕らえるように小学生へと突っ込んでいく。
——間に合わない。
そう思った葵はバッグを投げ捨て、小学生を助けるために道路へと飛び出した。
(私も、あの夢の魔法使いのように誰かのために役に立ちたい——)
これまで居場所も無く、常に孤独を感じていた葵の心の中に初めて、誰かの役に立ちたいという気持ちが芽生えた瞬間だった。
「あと少しっ……!」
必死に手を伸ばしてランドセルを背負った少女の背中を思い切り突き飛ばす。
小学生は道路わきに転がって泣き叫ぶ。
だが、葵はかなりのスピードで迫ってくるトラックの猛威から逃れることができなかった。
フロントガラス越しに驚きと焦燥が混じった運転手と目が合った。
次の瞬間――鈍い衝撃が身体を襲い、痛みに顔を歪める。
(このまま、死ぬのかな……)
撥ねられた衝撃で身体が宙を舞い、スローモーションのようにゆっくりと地面が近づいてくるのを感じてギュッと目を瞑る。
勢いよく地面にたたきつけられた衝撃で一瞬、視界が真っ白に染まった——。
「こんな私でも、役に……立てた……」
視界の隅で泣き叫ぶ小学生を確認して優しく微笑む。
(私が死んだら、悲しんでくれる人は……いるのかな……)
薄れゆく意識の中で、ぼんやりと考え込む。
(……いるわけないか。だって私は……不吉な子で、悪魔に魂を売った死神……なんだもんね)
ふっと自嘲的な笑みを浮かべる。
葵の脳裏には両親亡き後の生活が、走馬灯のように鮮明に蘇った。
(もしも生まれ変われるのならば……その時は……)
ゆっくりと目を閉じ、視界が徐々に暗くなっていく。
ふと、どこかで聞いたことのある懐かしい声が耳元で囁いた。
――やっと、見つけた……。
(だ、れ……?)
その声の意味を理解する間もなく、葵の意識は暗闇の中へと沈んでいった――。