第5話 秘密保持の盟約
突然ストラウスが口から泡を吹いて絶命するという異様な光景を目撃した場内の空気は凍りついていた。
誰も言葉を発することができない中、フェリルがポツリと小さな声で呟く。
「……秘密保持の盟約か」
「それは……何だ？」
ノクターンは首を傾げてフェリルに問いかけると、フェリルは沈んだ声で説明した。
「契約を結んだ者同士が機密を漏らさぬよう、呪詛が組み込まれておる古代魔法のことだ。」
ノクターンは険しい表情を浮かべながら口を開く。
「つまり……盟約を破ればこの男のようになる、ということか？」
フェリルは静かに頷く。
「これが盟約の証だ。機密を漏らした者の命を狩る呪いが込められている」
男の首に浮かんだ奇妙な刻印を前足でつついてフェリルは続ける。
「破ればこの通り……命は助からん。」
黒紫色の魔方陣のような刻印が、死後もかすかに脈打つような冷たい輝きを放っていた。
それはまるで、ストラウスの魂を囚えているかのように、刻印の紋様がじわじわと皮膚を侵食していくようにみえた……。
ノクターンは、倒れた男――ストラウスの首に刻まれた刻印をじっと見つめている。
「……この刻印から盟約を結んだ相手の手掛かりや、盟約の内容を探ることはできるのか？」
フェリルは少し考え込んでから答える。
「できると言えばできるが……術式の解読は難しいぞ。ゆえに、確実に成功するという保証はない」
ノクターンの顔に陰りが差し、不安と苛立ちが交じり合う。
謎は解けないままだが、ひとつだけ確かなことがあった。
それは――シエルが敵にとって大きな脅威であるということ。
ため息をつきながら、ノクターンは玉座に座る国王のもとへ歩み寄った。
「陛下、ご無事で何よりです。事件の報告をいたしますと、黒幕がストラウスへ指示を出し、召喚者である彼女を排除しようと企んでいたようです。黒幕は誰なのか、なぜ召喚者を狙うのかについては依然不明なままです。」
ノクターンの報告を聞いた国王が静かに口を開いた。
「ご苦労だった。我が国に敵が潜んでおったとは……許し難い失態だ。黒幕の動機や正体についてはこちらで調べよう。其方は引き続き、召喚者の護衛を頼んだぞ」
「承知しました。」
国王はこれまで敵が近くにいる事を気付けなかったことに責任を感じているようで、真剣な表情でシエルを見つめた。
「危険区域に飛ばされ、よもや暗殺まで企てられるとは……随分な災難であったな。だが、召喚者よ、お主が無事で何よりだ。」
「……ノクターン団長がいなければ、私は今ここにはいません。本当に……本当に、感謝しています。」
言葉を絞り出しながら、シエルはこみ上げる涙を堪えるように一礼した。
ノクターンは彼女を見つめたが、何も言わなかった。
(こんなにも手の込んだ暗殺……。私が死ぬまで、何度でも仕掛けてくるつもり……？)
シエルは自分の足元が、突然不安定になるような感覚に襲われる。
まるで見えない糸で、首を絞められているような気がした。
(私は、"敵にとって排除すべき存在"なの……？)
「この件については、後日改めて議論しよう」
国王が謁見の終了を告げて今日のところは解散となった。
玉座の間を出るシエルの後ろ姿を見つめながら、ノクターンは剣の柄を強く握りしめた。
「まだ終わっていない……黒幕を見つけ出すまでは――。」
冷たい廊下を歩くその背中からは、決意の炎が揺らめいていた――。
