第1話 王都アヴァルディア
帰還石を使用したブラックウィング一行は、無事にアヴァルディアの入口まで転移していた。
石造りの城壁が高くそびえ、門の周囲には行商人や荷物を運ぶ馬車が往来して賑わっている。
「ここが、王都アヴァルディア……すごく大きい……」
初めてみる異世界の街並みに、シエルは思わず感動の声を漏らす。
「あそこは商人や冒険者たちが使う一般の門だ。俺たちはこっちから入るからついてこい」
ノクターンの後を追って少し離れた場所にある門から中に入っていく。
どこまでも続く石畳の通りには屋台が立ち並び、行商人たちが賑やかに声を上げている。
焼きたてのパンの香りや、鍛冶場から聞こえる金属音が街の活気を物語っていた。
遠くには王城の高い塔がそびえ、青空に向かってまるで天を貫くように立っていた。
王城に向けて足を運んでいたシエルとフェリルに、街の人から探るような視線を向けられていることに気付く。
(なんか、見られている……?)
シエルはその視線から逃げるようにフードをさらに深くかぶった。
その時、街の人がフェリルを指さしながらヒソヒソと喋っている声がシエルの耳に届いた。
「魔物を従えている少女……?王城に護衛付きで向かうなんて……ただ者じゃないぞ」
「見ろよ、あの牙!あれで襲われたら、ひとたまりもないぞ……」
「でも変異種を討伐したってウワサだぞ?」
町人たちが怯えた様子で距離を取る一方で、フェリルは町人を気にも留めず堂々と歩いている。
その姿を見たシエルは思わず苦笑を浮かべる。
一行は王城に到着し、ノクターンが城門前にいる衛兵へ声をかける。
「討伐任務の報告と、珍しい客人を保護した報告もかねて国王陛下に謁見の許可をもらいたいんだが……頼めるか?」
衛兵は頷いて城内へと消え、しばらくしてから駆け足で戻ってきた。
「許可が下りましたのでご案内します。こちらへどうぞ」
衛兵の後に続いて一行は城内へと足を踏み入れる。
石造りの城内には厳格な雰囲気が漂い、シエルは張り詰めた空気に息が詰まりそうになる感覚を覚える。
広々とした廊下には衛兵たちが無言で立ち尽くし、足音すら反響する静寂が支配していた。
(また、視線……)
謁見の間に向かう道中で、シエルは街の人と同じ探るような視線を感じて周囲を見渡す。
そこには王城に遣える侍女がこちらを指さし、ヒソヒソと会話していた。
「ねぇ、あれって例の変異種なのかしら……?」
侍女たちは遠慮がちな視線をシエルとフェリルに送りながらも、興味と不安が入り混じった囁きを交わしていた。
(魔物扱いされてるのは、フェリルだけじゃない――私もそう見られている……?)
「そんな……魔物を従えているなんて、危険な魔女なんじゃないの?」
侍女たちが静かに喋っている声が、風に乗ってシエルの耳まで届いて納得する。
(なるほど、悪目立ちしていたってわけね……こんな風に、影で囁かれるのには慣れてる。でも……今は、少し違う気がする。)
シエルは前世のような陰口を懐かしく思い出しながらも、今の自分がただ孤立しているわけではないことに気づいて微笑む。
横を歩くフェリルの頼もしい姿と、前を行くノクターンの背中が、それを証明している。
「なんか、懐かしいな……この感じ。」
「何がだ?」
ノクターンはシエルのつぶやきに反応するが、シエルはそれに答えることなく現状を伝える。
「……それより、私とフェリルが悪目立ちしてるみたいなんだけど?」
「……すまない。お前のことは必ず俺が守ると決めているが、今はまだ状況が整っていなくてな……」
ノクターンの低い声にはいつものような鋭さはなく、申し訳なさとシエルへの信頼が滲んでいた。
ため息をつきつつも、シエルの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「分かったわ。頼りにしているからね、団長さん?」
衛兵が案内してくれたおかげで迷うことなく、無事に謁見の間まで辿り着くことができた。
ブラックウィングの後ろで漆黒の両開きの扉の前に立つシエルは、次第に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
(ここが謁見の間……重圧感が、すごい……)
金色の取手が柔らかく光を反射し、扉に刻まれた黒い鷹は今にも飛び立ちそうな威圧感を放っている。
「国王陛下、ブラックウィング一行をお連れしました!」
衛兵の凛とした声が響き、重々しい漆黒の扉がゆっくりと開かれる。
ひんやりと冷たい空気が隙間から流れ込み、謁見の間が徐々にその姿を現した。
(いよいよ、王様と対面か……)
シエルは覚悟を決めるように深呼吸をして、ゆっくりと扉をくぐった――。