第18話 シエルの正体
精鋭騎士団のエリート部隊が重傷を負うほど強敵だった変異種――ヴェルガルム・ブラッドウルフ。
それをシエルはたった1人で、ほとんどケガすること無く倒してしまった。
ノクターンは驚きと迷いの含んだ眼差しで彼女をじっと見つめている。
(これほどの力を持っていながら、なぜ今まで隠していた……?いや、違うな。どうして、今になってそれを解き放ったんだ?)
ノクターンの視線に気づいたシエルは、ゆっくりと振り返って近付いてくる。
2人の間には静寂が訪れ、湿った風が吹き抜ける。
最初に沈黙を破ったのは、ノクターンだった。
探るような視線でシエルを見つめながら静かに口を開いた――。
「お前は……聖や光だけじゃなく、火と風、それに隠密まで使えるんだな。」
一瞬だけ口を閉ざして慎重に言葉を紡ぐ。
「……まぁ神獣を従えている時点で、ただの旅人じゃないことは薄々気付いていたが……お前は一体、何者なんだ?」
ノクターンの問いかけにシエルの表情が微かに曇り、唇を噛んだ。
言うべきか、言わざるべきか――ほんの一瞬だけ、心が揺れる。
(今まではずっと隠してきた。けど……)
目の前には彼女を疑いながらも、まっすぐに見つめるノクターンの瞳がある。
(……この人たちになら、話してもいいかもしれない)
しばらく沈黙の後、シエルは本当の正体を明かす覚悟を決め、深く息を吸い込み、シエルはゆっくりと口を開いた。
「私は……異世界から転生した、召喚者なの……」
2人の間には重たい沈黙の空気が流れる。
「……召喚者、だと……?あの儀式は、失敗したと聞いたが……」
ノクターンの顔に戸惑いが広がる。
「……妨害されたのよ。それで、この森に飛ばされたの。」
「……お前が召喚されることで脅威になると思った誰かの仕業か」
あごに手を当てて考え込むノクターンにシエルは正体を隠していたことを謝罪する。
「……ごめんなさい。」
「……なぜ、謝る」
ノクターンは謝られる理由がわからないといった表情でシエルを見つめる。
「私が、最初から正体を明かしていれば……あなたの団員が重傷を負うことも、ここまで苦戦することもなかったわ。だから、ごめんなさい……」
「確かに、お前が正体を明かしていればスムーズに討伐できただろう。だが……お前は正体を隠す必要があったから言えなかった。違うか?」
的を得たようなノクターンの問いかけにシエルは頷く。
「……私はずっと、誰かに狙われている恐怖から逃げていたの。だから、正体を明かさなかった……そんな私を、どうして責めないの?」
「正体を隠して生きる苦しみを、お前はずっと1人で背負ってきたんだろう。責める理由なんてどこにもない」
ノクターンはシエルの言葉に、静かに首を振って答える。
「それとも、怒られたいのか?」
自責の念に駆られているシエルの負担をなくすようにノクターンは冗談を言う。
「違う、そうじゃなくて……」
慌てる様子のシエルにノクターンが優しく微笑む。
(この人、こんな顔で笑うんだ……)
ふっと微笑んだノクターンの笑顔に、シエルは思わず魅入ってしまった。
「それから、ありがとう。あなたの忠告が無かったら、危なかったわ」
シエルは変異種のフェイク攻撃から助けてくれたお礼を述べる。
「うちの騎士も、あのフェイントで腕を食いちぎられたんだ。お前をそんな危険な目に遭わせたくなかっただけだ」
ノクターンは顔を背けながらも力強く告げる。
「それから……召喚者というだけで、狙われる理由になるのは分かる。だが、それが何だ?」
ノクターンはシエルを真っ直ぐ見つめる。
「お前を守るのは俺たちの役目だ。それに、お前が正体を隠していた理由だって分かる。だから誰もお前を責めたりしないから安心しろ」
シエルはノクターンの言葉に心が温かくなるのを感じて柔らかく微笑む。
人を信じられないという凍り付いた心の壁が静かに解け始めた瞬間だった――。
「ありがとうございます、団長さん……」
シエルは微笑みながらノクターンに感謝の言葉を伝える。
「これからは、一人で戦わなくていい。俺たちがついている。共に帰ろう、王都へ……」
ノクターンはシエルに手を差し伸べる。
(……私を妨害した何者かは、王都にいる可能性が高い。だけど……今の私はもう、逃げたりしない――。)
迷いの晴れた瞳でノクターンを見つめて、シエルはゆっくりとその手をとった――。