第17話 いざ、変異種討伐へ【決着編】
変異種が騎士の腕をかみ砕く凄惨な光景を目の当たりにし、周囲の騎士たちは一瞬で戦意を失い、動けなくなっていた。
噛み千切られた腕を咀嚼するたびに、骨の砕ける耳障りな音が響く。
「こんなのに、勝てるのか……?」
ポツリと呟く騎士の手はカタカタと震えている。
剣を握る力は入らず、恐怖が身体を支配していた――。
その時、変異種の赤黒い瞳がまるで人間を見透かすようにギラついた。
背中に生えている無数のトゲが不気味に震え始めると、空気に異様な殺気が充満し始める。
「まずい……!」
次の瞬間――鋭いトゲが空中に放たれ、槍のように騎士たちへ襲いかかる。
ノクターンはかろうじて身を翻したものの、鋭い一撃が頬を掠めて血を滴らせた――。
「ぐっ……!」
変異種が放った背中のトゲには、爪と同じ猛毒があった。
トゲが掠ったノクターンの身体は激痛が走り、痛みと痺れで次第に身体が動かなくなる。
膝をつき、倒れそうになるのを剣で支えて耐える事が精一杯だった。
「……くそっ、動け……」
動けなくなったノクターンのもとへ変異種は重たい足音を響かせながら、ゆっくりと近付いてくる。
――ニタァ
獣とは思えないほどの不気味な笑みを浮かべる変異種は、追い打ちをかけるかのように勢いよく毒爪を振りかざした――。
(ここまでか……)
ノクターンは迫りくる毒爪を見つめて、静かに目を閉じた――その時。
――キィィィン!
耳元で甲高い金属音が響き、ゆっくり目を開けると……。
視界に飛び込んできたのは、キラキラと輝く銀色の髪。
ノクターンの濃紺の瞳が、静かに見開かれる。
そこには魔法杖を盾にして変異種の攻撃を防いでいるシエルの背中があった――。
「お前……どうして……」
麻痺毒で息が上がり、苦しげに言葉を紡ぐノクターンがシエルに問いかける。
「……あなたたちなら、信じても大丈夫……。そう、思えたから」
シエルの言葉に驚き、ノクターンは目を見開く。
変異種が振りかざした毒爪を杖1本で防いでいるシエルは力負けしているようで、杖を支える腕がプルプルと震えている。
「くっ……身体強化!」
すかさずシエルは自身に身体強化を施し、杖で変異種を押し退けた。
押された勢いでバランスを崩した変異種の隙をついてノクターン達を回復させる。
「聖なる雨!」
シエルは再使用可能になった範囲回復をかけ、素早く身を翻して変異種の気を引く。
「お前の相手は私だよ!……かかっておいで」
(もう、迷わない――。私は……彼らを助けて、コイツを倒す!)
シエルは挑発の言葉を投げかけながら、一瞬の油断も見逃さない鋭い目をしていた。
目の前にいる変異種の動きを、息を殺して観察しているその姿は、彼女の全身から決意が滲み出ているかのようにみえた。
(フェリル、彼らをお願いね……)
念話でフェリルに指示を出し、フェリルが頷いたのを合図に変異種とシエルの戦いの幕が開けた――。
変異種がシエルの挑発に乗って攻撃を仕掛けに跳躍し、勢いよく毒爪を振りかざす。
シエルは華麗に避けながら変異種に状態異常をかける。
「光輝の鎖!」
まばゆい光の鎖が魔法杖から放たれ、変異種の身体に巻きつく。
ギチギチと不快な音を立てながらも相手の動きを封じることに成功した。
「よしっ」
だが……長くはもたずに鎖を引き千切られてしまった。
「……ですよね。」
シエルは分かっていたような素振りを見せ、次の攻撃を仕掛けようと魔法杖を構えた瞬間――それに気づいた変異種が大きく咆哮する。
――グオォォォォォッ!
変異種の大地を揺るがすほどの咆哮に空気が揺れ、思わず足が竦む。
シエルが怯んだ一瞬の隙をつき、変異種が口から紫色の液体を吐いた。
「――っ!」
驚きながらもシエルは後ろに跳躍して近くの木に着地する。
――ジュゥゥゥゥ……。
先程までシエルが立っていた地面は煙をあげて溶けていた――。
「毒の次は酸……危険すぎるでしょ――コイツ……」
攻撃する隙を作らせないように変異種は音もなく疾走を始め、シエルにとびかかる。
赤黒く血走る目でシエルを捉えると毒爪を振りかざす。
足場の悪い木の上にいるシエルは爪を受け流そうと魔法杖を剣のように握った――その時。
「避けろシエル!それは罠だ――!」
焦りにも似たノクターンの叫び声が離れた場所から聞こえてくる。
先程、騎士の腕を噛み千切ったときの攻撃パターンと同じものだということに、ノクターンは気付いていた。
「っ――!?」
警告を聞いたシエルは咄嗟に木から飛び降りて変異種から距離をとる。
振り返ると、木の幹に噛り付いている変異種の姿があった――。
「忠告が無かったら危なかった……かも」
あのまま受け流していたら、噛み千切られていたのでは――と想像し、ゾッとする。
「……隠密」
シエルはスキルを発動させて姿を消す。
しかし、気配は消せても匂いまでは消すことができなかった――。
変異種に居場所を見破られ、跳躍して毒爪攻撃が飛んでくる。
「あっぶな……」
間一髪のところで攻撃をかわした……つもりだったが、少し遅かったようで毒爪に腕を斬り裂かれる。
「まずいっ……!」
このあと襲ってくるであろう激痛と麻痺に身構えるシエルだったが、どういう訳か痛みは少なく麻痺も起きなかった――。
「……あ、れ?」
シエルはハッと何かを思い出して微笑む。
(そうか、女神の祝福……!)
祝福スキルのおかげで、シエルは変異種の毒爪を食らっても平然としていられた。
クロノスに感謝しながら変異種との決着をつけるために。シエルは軽く息を整える。
(最初から正体を明かしていれば、こんなにケガ人が出ることは無かったかもしれない……)
そう思うと胸が痛むが、過ぎたことを後悔している暇はない。
命を懸けて戦うノクターン達なら信じられる――そう思ったシエルは覚悟を決めて、強い眼差しを変異種に向ける。
「もう、逃げるのはおしまい――旋風」
シエルは竜巻で砂埃を起こし、周囲の視界を遮る。
変異種は見晴らしのいい場所に出ようと縦横無尽に駆け回り、手当たり次第に毒爪を振り回す。
もちろん、シエル自身の視界も悪くなるデメリットはあるが……彼女は同時に気配探知と鑑定を発動させ、変異種の位置と弱点を把握していた。
「そこっ……!紅蓮の矢!」
炎の矢が変異種めがけて飛んでいき、額と胸にはめられた真紅の魔石を同時に貫く。
――ガァァァァッ!
魔石が破壊され、物魔耐性の効力が切れた変異種は燃え盛る炎に包まれる。
苦しみながら雄叫びをあげてのたうち回り、反撃しようと大口を開けた。
「風の咆哮」
変異種が反撃を仕掛けるよりも早く、フェリルの一撃が放たれた。
――グウゥ……
トドメをさされた変異種が低い唸り声をあげ、やがて動かなくなった――。
「ありがとうフェリル。助かったわ……。」
シエルは微笑み、フェリルを優しく撫でた。
「当然のことだ。我は主を護ると約束したからな。」
フェリルは心地よさそうに目を細め、静かに告げた。
「チェックメイト……これで、終わりよ」
シエルの小さな呟きが、サッと吹いた風に乗って消えていった。
ゆっくり振り返ると……歓声をあげる騎士の側で、驚きと迷いが混ざった眼差しでシエルを見つめるノクターンの姿があった――。