第16話 いざ、変異種討伐へ 【シエル視点】
ノクターンによる奇襲が失敗に終わり、騎士団が一斉に変異種へ攻撃を仕掛けている。
一方で、シエルは茂みの奥にドーム状のシールドを展開して負傷者の治療にあたっていた。
「状態回復」
柔らかな緑色の光が騎士を包み込み、傷がみるみるうちに癒えていく。
しかしシエルの額にはじんわりと汗が浮び、息も乱れていた。
「ヒーリングじゃ追いつかなくなってきたな……」
シエルの小さな呟きには焦燥の色が滲んでいる。
負傷した騎士たちの数は増え続け、ヒーリングだけでは手に負えなくなっていた。
さらに、騎士たちの顔にも疲労が見え始めている。
彼らが挑んでいるのは、明らかに勝ち目のない敵だった。
「……仕方ない。聖なる雨!」
シエルが範囲回復を発動させると、眩い光が広がり、瞬時に騎士たちの怪我を癒やしていく。
だがその分、マナがごっそりと削られていくのを感じた。
「これで範囲回復は、しばらく使えない……」
「主よ、マナの方は大丈夫なのか?」
新たに騎士を運んできたフェリルが、心配そうに尋ねる。
「まだ、大丈夫……でも、次の範囲回復には、あと5分は必要よ。」
ヒーリングをかけながら答えるシエルの声には、わずかな疲労が滲んでいた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
突然、戦場に断末魔が響き渡ったことに驚いたシエルは、ビクリと肩を震わせた。
「な、なに……?」
声のしたほうに目を向けると……。
「っ――!」
シエルは目を見開き、小さな悲鳴を上げる。
鋭い牙が騎士の腕に食い込み、噛み千切っている変異種の姿を視界に捉えていた。
断末魔の叫びとともに真っ赤な鮮血が噴き出し、騎士の顔が痛みと恐怖に歪む。
凄惨な光景に、その場にいた全員が言葉を失い、足が止まった。
「……フェリル!」
そのあまりにも残酷な光景に、シエルの思考も一瞬だけ停止した。
しかしすぐに我に返り、フェリルに声をかけた。
「承知した」
フェリルは疾風のように駆け寄り、負傷した騎士をシエルのもとへ運んだ。
(早く……早く連れてきてっ……!)
魔法杖を強く握りしめたシエルの顔には焦りの色が浮かんでいる。
「腕……腕がっ……」
騎士は絶望と恐怖に顔を歪め、うわごとのように繰り返す。
「大丈夫、大丈夫だから……!完全回復!」
シエルが魔法杖を振るうと、眩い緑の光が噛み千切られた腕を包み込んだ。
(お願いっ……早く、完治して……!)
全員が息を呑んで見守る中、千切れた筋肉が繋がり、血管も再生し――完全な腕があるべき場所に戻ってきた。
騎士たちは歓声を上げ、治癒された男も感極まったように震える声で感謝を述べた。
「私は、私にできる事をしたまでよ。あなたは、よく頑張ったわ……」
シエルは優しく微笑みながら、騎士の肩に手を置いた。
(団長さんの魔力攻撃も効かないなら、やっぱり魔法自体に耐性があるのかも……)
冷静に状況を分析しながら、シエルの顔には険しい影が落ちる。
(騎士たちがこんなに必死に戦っているのに、私は安全な場所で正体を隠したままで本当に良いの……?)
シエルは召喚者だという正体を明かして戦いに加勢するべきか、このままヒーラーとして見ているだけでいいのか悩んでいた。
悩みと葛藤の末、チラリと戦場の方に目を向けると――。
「そんなっ……!」
深紅の瞳に驚愕の色が宿る。
変異種の攻撃で騎士たちが次々と倒れ、ついにはノクターンも剣を地面に突き刺し、膝をついていた。
フェリルだけでは全員を運ぶのは到底間に合わない――。
「どうしたら……」
シエルの心に焦りが広がる。
(誰かに狙われている以上、正体を明かすのは怖い……。でも、今はそんなこと言っている状況じゃないでしょ……!)
そんな彼女の目の前で、変異種が毒爪を振りかざし、動けなくなったノクターンに追い打ちをかけようとしていた――。




