第15話 いざ、変異種討伐へ【戦闘編】
騎士団一行はワイルドベアの居住地付近で足を止め、近くの茂みに身を潜めた。
木々の根元にはワイルドベアの棲み処となる巣穴があり、その周囲には食べかけの獲物の骨が散らばっている。
そして巣穴の奥からは微かな唸り声が聞こえ、怯えたような鳴き声が響いている。
「ワイルドベアが怯えるほどの存在か……全員、警戒を緩めるなよ」
ノクターンがポツリと呟き、周囲を見渡すと居住区には1匹もワイルドベアの姿が見当たらない。
普段であれば複数のベアたちが闊歩しており、この辺りに踏み入った者を問答無用で襲い掛かってくるのだが……。
その獰猛な姿は形を潜め、らしくもなく巣穴の中で怯えている。
「うわっ……これは、ひどい有様だねぇ……」
レイノルドが顔をしかめながら静かに呟いた。
茂み越しから見える異様な光景に、騎士団一行は顔を背けたくなるほど凄惨なものだった……。
真っ赤な血だまりの中には、引っ掻き傷や噛み跡が深々と残された無惨な死骸の山が居住地の中央で無造作に積まれている。
変異種がそのうちの1体を捕食し、バキバキと骨を砕く不気味な音が周囲に木霊する。
「……あれが変異種か。随分デカいな……」
赤紫色の筋肉が脈打つように膨れ上がった巨大な狼の姿が、そこにあった――。
変異種の背中からは黒いトゲが鋭く突き出し、耳元には悪魔のような短いツノが数本覗いている。
禍々しいその姿に、一行の間に張り詰めた空気と静寂が生まれた。
(あれが変異種――ヴェルガルム・ブラッドウルフ)
シエルは密かに鑑定を発動させ、その正体を暴いていた。
(弱点は……額と胸の魔石、ね)
続いて変異種の正体と弱点を把握したシエルは静かにフェリルへ目配せをする。
「……団長殿、すまぬ。昨日の会議で伝え忘れておったが……奴の弱点は頭と胸の魔石のようだぞ。」
フェリルはシエルの念話を聞いて弱点をノクターンに伝える。
「お前たち聞こえたか?奴の弱点は頭と胸の魔石だ。幸い、食事に夢中で油断している。この機を逃すな、作戦を開始する!」
ノクターンの声掛けに騎士たちは頷き、ノクターンは忍び足で変異種に近づいた――。
しかし、変異種はまるで気配を察していたかのように、ゆっくりとその赤黒い瞳をノクターンに向ける。
バキバキと骨を砕く音が止み、一瞬の静寂が場を支配した次の瞬間、大地を揺るがすほどの咆哮が轟いた。
――グオォォォォォッ!
「何っ……?しまった、見つかった――!」
ノクターンによる奇襲は失敗に終わり、変異種は大きな咆哮をあげながら突進していく。
「奇襲は失敗だ、全員突撃するよ!」
冷静に状況を見極めて副団長のレイノルドがノクターンに代わって突撃命令を出し、騎士団による変異種の討伐戦が始まった。
「雷神の怒り!」
ノクターンの剣が稲妻をまとい、光の尾を引きながら勢いよく振り下ろされる。
雷鳴のような轟音とともにバチバチと火花が飛び散る。
しかし、その閃光は変異種の硬い外殻に弾かれ、傷1つつけることができなかった。
「くそっ……」
悪態をつきながら変異種の攻撃をかわし、ノクターンは次の攻撃に切り替える。
その時、1人の騎士が変異種の毒爪にやられて悶え苦しむ。
「ぐあぁぁぁ!」
フェリルは動けなくなった騎士の首根っこを咥え、素早くシエルのもとへ運んで行った。
「火焔の斬鉄!」
漆黒の長剣に炎をまとい、紅蓮の炎が変異種めがけて放たれる。
変異種は炎に包まれて火だるまになったが身震いして炎をかき消し、ダメージを与える事はできなかった。
ノクターンが苦戦している間も1人、また1人と負傷者が増えていく――。
(くそっ……どうにかして、コイツの動きを封じなければ……)
これまで毒爪と噛みつきを繰り返していた変異種は音もなく疾走を始めて跳躍し、騎士めがけてとびかかる。
突如として攻撃パターンが変化した変異種に驚いた騎士は剣で薙ぎ払おうとした――。
しかし、騎士が剣を構えたその瞬間、変異種はまるで攻撃のタイミングを測っていたかのように、鋭い爪を地面に叩きつけた。
その衝撃で飛び散った土埃が視界を覆い、騎士の足元が揺らぐ。
「しまった……!」
その隙を狙い、変異種は素早く横へと跳び、予想外の方向から騎士の腕に噛みついて引きちぎる。
まるで計算されたような変異種の動きに、一行は思わず息を呑んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
変異種の鋭い牙が骨をかみ砕き、肉を引き裂く不快な音が響き渡る。
断末魔の叫びとともに真っ赤な鮮血が噴き出し、騎士の顔が絶望に歪む。
その場にいた全員の背筋を凍らせる凄惨な光景を目の当たりにし、誰もが動けずにいた――。