第10話 神聖な洞窟…?
洞窟の中へ一歩踏み入れると、森の深層を凌ぐ暗闇が広がって灯りはほとんど感じられなかった。
しかし、入り口付近には光る苔が点々と広がり、青白い光が壁面を淡く照らしている。
その光は幽玄で、どこか神秘的に感じられた――。
「暗いなぁ……」
シエルのつぶやきは暗い洞窟内に反響し、かなり奥行きがあることもわかった。
ジメジメと湿った生温かい空気が身体に絡みつき、先の見えない暗闇の洞窟は不気味さを際立たせている。
「灯火」
シエルの声に反応するように、魔法杖から放たれた白い光の玉が洞窟内をふわふわと漂って明るく照らしていく。
「……聖属性だけじゃなく、光属性も使えるのか?」
ノクターンは、ふわふわ漂う球体を眺めながらシエルに問いかける。
「……光は聖の派生元だから使えるのよ」
(本当は、全属性の適性があるから使えるんだけどね)
ノクターンの問いかけに答えたシエルは、クルッと身体を反転させて洞窟の入口と向き合った。
そして、魔物や悪意のある者の侵入を防ぐための結界を施した。
「神聖領域」
シエルが呪文を唱えると、眩いばかりの聖なる光が洞窟内を満たした。
それは柔らかく拡散していき、やがて周囲に溶け込むように消えていった――。
「ほう、聖域か……」
フェリルは洞窟が聖域へと変わったことに気付いてポツリと呟く。
「作戦会議や休息をとって油断した隙に、外から襲撃されるのは御免だからね。」
シエルの発言を聞いたノクターンは同意する。
「いい判断だな。交代で見張りをつけて部下を危険に晒す必要が無くなったのは感謝する」
「別に……あなた達のためじゃないわ。安全なのは入口付近だけだから、奥へは行かない事ね。」
ノクターンからの感謝の言葉にシエルは心が温かくなるのを感じた。
これまで感謝されたことがなかったため、どう反応していいのか分からず、つい素っ気ない態度をとってしまった。
「シエルのおかげでここは神聖な洞窟……いや、安全地帯となった。ここで作戦会議および野営をとるから皆は準備してくれ。」
ノクターンの声掛けに騎士たちは散り、それぞれ準備を始める。
「ところでシエル。さっきの戦闘の事なんだが……」
そこまで聞いたシエルはついに来たかと思い、腹をくくった。
「どうしてフォレストウルフがくるって分かったんだ?俺の探知スキルでは、複数の魔物が来るということしか分らないんだが……」
「……」
シエルは一瞬フェリルに視線を送り、小さく息を吸い込んでからゆっくりと口を開いた。
「フェリルが、念話で教えてくれたの」
(全く、面倒なことを押し付けおって……。まぁお主が正体を隠している手前、我が伝えたという事にしといてやろう)
フェリルは念話でシエルに伝え、シエルは感謝の気持ちを念話で返した。
「神獣が……?それは本当なのか?」
ノクターンもシエル同様、フェリルに視線を向けて問いかける。
「我は神獣ぞ?魔物の種類くらい把握できなくてどうする」
「……まぁいい。お前らがそう言うなら深くは聞かないでおく。」
シエルはそれ以上の深掘りがされなかったことに安心した。
その時、春の陽射しのように柔らかくふんわりとした雰囲気を纏っている副団長のレイノルドがノクターンのもとに近づいてくる。
「ノクス、作戦会議の準備が終わったよ」
騎士団の中では目立つ金色の髪をしたレイノルドはノクターンのことを"ノクス"と呼び、ひらひらと手を振りながらこちらに向かってくる。
「……ノクス?」
シエルはチラリとノクターンを見て首を傾げる。
「俺の愛称だ。といっても、そう呼ぶのは幼馴染のレイくらいだが……」
「幼馴染……」
(こういう気軽な関係、私にはなかったな……。)
前世では孤独だったシエルは2人が親しい間柄であることを知って、少し羨ましいと感じた。
「そういえば自己紹介がまだだったね……僕はレイノルド。レイノルド・ヴォルフガング――この騎士団の副団長さ。普段はこう見えても、戦場ではノクスにも引けを取らないからね?」
金髪碧眼でフランス人形のような美しさがあるレイノルドはシエルに自己紹介をする。
「さっきも、団長さんの危機を防いでいたものね」
シエルはレイノルドの剣の腕前をほめる。
「会議の準備が終わったんだったな。シエルと神獣も一緒に行くぞ。お前たちはこの作戦で重要な人材になるんだからな。」
シエルは頷いてレイノルドとノクターンの後ろをついて行き、洞窟の奥に設置された簡易会議場へ足を運んだ――。