第9話 森の深層へ
一時的な協力関係を築いたシエルとフェリル、それからブラックウィング一行。
ヴェルグリムの深森に出現したという変異種を探すため、フェリルが瀕死の状態で倒れていたという獣王の領域へと足を進めていた――。
「……おかしい」
ノクターンは深層へ向かう足を止めずに周囲を見渡してポツリと呟いた。
「探知に魔物が引っかからない……というか、1匹も見当たらない……」
ノクターンの言葉にシエルはハッとして周囲を見渡す。
騎士たちやノクターンに気付かれないよう、ひっそりと気配探知スキルを展開して周囲を探る。
(魔物が、私たちを避けている……?)
スキルが示していたのは数メートル離れた魔物たちが、シエルたち一行との遭遇を避けるようにして移動していた。
「それは恐らく、我が腐敗の森にいるからであろう。ヒュドラやデススパイダーも強力な魔物ではあるが、我とは格が違いすぎるから余計な犠牲は避けたいのであろう。」
本来、深層部に生息しているはずの神獣――フェリルが中層にいることで、中層の魔物たちは一行に襲い掛かってくることは無かった。
「なるほど、神獣効果ってやつか……?魔物も上下関係がはっきりしているんだな」
フェリルのおかげで中層ではヒュドラやデススパイダーとの戦闘になる事も無く、体力を温存したまま無事に深層へ到達した。
中層の毒々しい空気とは一変し、深層は日の光がほとんど届かないほど薄暗く、周囲には道しるべのように光るキノコが点々と生えている。
「ようやく深層か……全員、警戒を怠るな。どこから変異種が現れるか分からないぞ」
ノクターンの言葉に騎士たちは周囲を警戒しながら進んでいき、フェリルが倒れていた見晴らしの良い水辺にたどり着いた。
そこでフェリルは騎士たちに当時の状況を説明していく。
「ここでアレに不意をつかれて背中を引っ掻かれてな……反撃しようと思ったんだが、身体が動かずに瀕死の一撃を食らってしまったのだ。」
ノクターンは眉をひそめ、ぶつぶつと呟きながらあごに手を当てて考え込んでいる。
その表情は険しく、まるで答えが出るまで誰にも話しかけられたくないと言わんばかりだった。
「変異種の爪には麻痺毒のような何かが……?」
一方で、シエルは気配探知を発動したまま周囲を警戒して見渡す。
湿った空気の中で、かすかに不穏な気配を感じるような気がする。
そして、岩陰の側にある茂みへ目を向けると……。
「この先に洞窟があるから作戦会議もかねて、休息をとるのはどうかしら?」
シエルが茂みの奥を指さしたその瞬間、冷たい風が突然吹き抜けた。
瘴気の濃い空気が揺れ、かすかに動物のうめき声のような音が混じる。
「前から何か来るぞ!」
「……前方2メートル、フォレストウルフの群れよ!」
ノクターンとシエルは同時に声をあげ、ノクターンはシエルを見据える。
「……何?なぜ、魔物の種類がわかった?」
ノクターンの探知では魔物の気配と位置しか分らず、正確に位置と種類を告げたシエルを警戒する。
(この女、俺の探知を超えるスキルを持っているだと……?こいつは、何者なんだ……)
「……説明は後、戦闘が先よ!」
シエルはノクターンですら把握していない魔物の種類を口走ってしまい動揺する。
(嘘でしょ……あの人、魔物の種類わからないの……?)
(通常の探知スキルでは気配や位置までしか分らぬよ。お主、それの上を行く気配探知を会得しておるな?)
フェリルの問いにシエルは念話で「うん」と答え、この後ノクターンにどうやって説明するか悩んでいた。
その時、ガサっと音を立てて数匹のフォレストウルフが茂みから飛び出してきたため、思考を中断して戦闘に集中する。
ノクターンは剣を抜いて漆黒の刀身が姿を現し、迫りくるフォレストウルフの群れに向けて漆黒の長剣を構えてスキルを発動させる。
「雷神の怒り」
雷を纏った刀身を振りおろすと、バチバチと火花を散らして雷の斬撃がフォレストウルフの群れに飛んでいき、敵を麻痺させた。
感電し動けなくなったフォレストウルフへ他の騎士たちが一斉に攻撃を仕掛け、瞬く間に一掃した。
――ガウッ
ノクターンの死角から1匹のフォレストウルフが茂みから飛び出してくる。
「――っ!」
一瞬だけ遅れをとったノクターンへ襲い掛かるフォレストウルフを、銀色に輝くレイピアが的確に急所を突く。
「……させないよ」
金髪の騎士が繰り出した鋭い一撃でフォレストウルフが討たれた。
「……すごい」
ブラックウィングの連係プレーとノクターンの統率を目の当たりにしたシエルは感心する。
「フォレストウルフの援軍が来ないうちに洞窟へ行くぞ。」
そうして騎士団一行とシエルたちは茂みの奥にある洞窟へと向かい、危険がないか確認してから中に入っていった――。