第7話 フェンリルと黒鷹騎士団 ②
長身の男が威圧的な低い声でフェリルに問いかける。
「……そこにいるのは、誰だ――?」
「誰とは……笑わせるな、我は――神獣フェンリルぞ!」
フェリルが力強く答えた。
「神獣!?」
フェリルの正体を知った騎士たちはザワザワと騒ぎ始め、長身の男が再び制する。
「……お前ではない。お前の、後ろに隠れている者に聞いている。」
長身の男の発言にシエルは驚き、フェリルはシエルを守るような体制をとってグルルルル……と威嚇した声をあげる。
(っ……!また、隠密が見破られた……この男、ただ者じゃない……!)
神獣であるフェリルに続いてシエルの隠密スキルを見破るものが現れ、動揺を隠せなかった。
フェリルと騎士たちの間には緊迫した空気と重たい沈黙が流れており、黒紫色の靄が覆う遠くの茂みからはカサカサと何かがうごめく音が聞こえている。
「そこにいるのは分かっている。隠れても無駄だ、観念して出てこい。」
シエルはこれ以上隠れても無駄だと判断して、ローブのフードをかぶってフェリルから降りて隠密を解除する。
「主……」
心配した様子のフェリルはシエルの頬に鼻を擦り付ける。
「大丈夫……だと思う。」
シエルはフェリルを撫でて、騎士とフェリルの間に姿を見せた。
フードをかぶっていて顔は見えないとはいえ、小柄な少女が現れた事に再び周囲が騒がしくなるが長身の男が三度目の騒動を鎮めて、ゆっくりと口を開いた――。
「もう一度問う。お前は、何者だ……?」
男の冷たく威厳のある口調に思わず身震いしたくなるのを、シエルはぐっとこらえる。
そして少しの沈黙ののち、静かに口を開いた。
「私は……シエル・フェンローズ。……異国の、旅の者よ。」
「異国の旅人だと?この危険地帯のど真ん中で……神獣を従えているというのに?それだけで信用しろと言うのか?」
シエルの返答に納得していない様子の男の瞳は氷の刃のように冷たく、シエルを貫いていた。
まるで心の奥底を覗き込むようなその眼差しに、シエルは一瞬たじろぎそうになる。
(気を緩めたら、正体を見破られてしまいそう……!)
男はヘビのように探るような視線をシエルに向ける。
全身に冷や汗が流れる感覚を覚えたが、顔には出さないように意識を集中した。
(冷静に、冷静に……)
心の中で何度も呟きながら、シエルは口を開いた。
「それは……迷ってしまったのよ。それとこの子は私の従魔フェリル。私に敵意を向けない限り、あなたたちを襲うことは無いわ」
シエルは”旅の途中で迷った”と苦し紛れな言い訳をして、男たちの素性へと話題をそらした。
「あなたたちは?見たところ、騎士っぽいけど……この森にはどのような用で?」
男もそれ以上の深掘りするつもりは無いようで、シエルの問いかけに自分たちの素性を明かした。
「俺たちは王都アヴァルディアに所属している精鋭騎士団"黒鷹騎士団"のエリート部隊"ブラックウィング"だ。……そして、この俺が騎士団長を務めるノクターン・ブラックフォードだ。」
長身の男――ノクターン・ブラックフォードは堂々とした立ち振る舞いでシエルに告げ、彼らの素性にシエルは驚いた。
(アヴァルディア!?……私が召喚されるはずだった、王城の騎士……?)
シエルの驚いた気配を感じ取ったフェリルは念話で問いかける。
(主よ、奴らに正体を明かすのか?)
(明かした方が良いとは思うけど……まだ、信用できないわ……)
シエルは王城の騎士たちを完全には信用できず、現時点では正体を隠し続けることにした――。