第6話 フェンリルと黒鷹騎士団 ①
「うわ~っ、もふもふ最高~!」
シエルはフェリルのふわふわな毛並みに顔や身体を埋めて、モフモフを堪能している。
「おい、気が散るから止めぬか!」
フェリルは背に乗るシエルへ気が逸れるからと注意する。
「良いでしょ?こんな機会、滅多に無いんだから……」
だがシエルは聞く耳を持たず、フェリルの毛並みに隠れる。
すると目の前には断崖絶壁が迫っていることに気付いたシエルはフェリルに警告する。
「フェリル、前!崖だよ!?」
「問題ない。舌を噛まぬよう、しっかり掴まっておれ」
そう言ってフェリルはシエルを背に乗せたまま崖を飛びおりた――。
シエルはぎゅっと目を瞑った。
重力が一瞬だけ消えたような、ふわりとした浮遊感に襲われて恐る恐る目を開けると……。
地面が遠ざかり、代わりに空と崖下の森が目に飛び込んでくる。
「きゃーっ!?」
シエルは恐怖で悲鳴をあげ、振り下ろされないように必死でフェリルにしがみつく。
ガサっという音とともにケガ1つなく崖下に着地してフェリルは何事も無かったかのように再び疾走する。
「……し、死ぬかと思った……」
シエルは大型トラックに跳ねられて死ぬよりも、崖から飛び降りる方が怖かったと呟いて身震いする。
「……あれくらいで怖気づいてどうするのだ。」
フェリルは呆れた様子でシエルにいう。
「普通の人間は、崖から飛び降りたら死んじゃうんだからね?……次からは迂回してくれると助かるわ」
未だにドキドキと早く脈打つ心臓を抑えながらフェリルに抗議する。
「……善処する」
しばらく森を駆け続けると、今度は川が行く手を阻んでいた。
フェリルは大きな川をピョンと軽々しく飛び越えてさらに移動を続け、1人と1匹はようやく森の中層まで下りてきた。
「なんか……空気が毒々しいというか、重たいというか、嫌な感じがするわ……ここ、中層のはずなのに。」
シエルは深層よりも不気味にまとわりつく空気を感じ取り、背筋に寒気が走る。
周囲を見渡すと、黒紫色の靄のようなものが辺りを覆い隠している。
「お主も感じ取ったか。……この中層は腐敗の森と呼ばれており、ヒュドラやデススパイダーなどの厄介者が棲まう毒の領域よ。ゆえに瘴気が濃く、空気も汚染されておる。ここからは一気に駆け抜けるぞ」
シエルは頷いて、落ちないようにしっかりとフェリルにしがみついた。
フェリルは一気に中層を突っ切るため、速度を上げて全力疾走を始める。
(さっき毒の領域って言っていたけど、苦しくなったりしないのはなんでなんだろう……?)
不思議に思いながら首をかしげる。
生ぬるい風がシエルの頬を撫で、異臭が鼻をついて思わず顔をゆがめる。
フェリルはガサっという音を立てて茂みから林道に飛び出すと、黒い騎士服を身に着けた数人の騎士たちと鉢合わせた――。
「うわぁ!?」 「なんで中層に狼の魔獣が!?」 「変異種だ!構えろ!」
突然飛び出してきたフェリルに驚いた騎士たちは慌てながらも戦闘態勢をとる。
騎士たちの殺気を感じ取ったフェリルは、大きく咆哮して同様に戦闘態勢をとってシエルに念話で話しかけた。
(主よ、そのまま身を低くして隠れておれ。もしかしたら、お主を狙う勢力の軍団かもしれぬぞ)
「っ……!」
フェリルの念話で騎士たちに警戒心を抱いたシエルは、隠密を纏って気配を消し、戦闘はフェリルに任せてやり過ごすことにした。
そして先に行動を起こしたのは……騎士の方だった――。
長身の男が1歩前に出て片手をあげ、騎士たちを制した。
男の氷のように冷たく鋭い光が宿った濃紺の瞳は、ただの騎士ではない威圧感が漂っている。
一触即発の状態で空気が張り詰める中、男はゆっくりと口を開いた。
「……そこにいるのは、誰だ――?」