一.サヨナラランナー
ツーアウトながらクリーンアップの一角、五番打者の津島さんが球を見極めて四球を選択した。九回裏ツーアウトでランナーは一塁。バットをボールボーイに預けてのっしのっしと津島さんが一塁ベースへと巨体を揺らす。
得点力を望める打順はおそらく延長のイニングでは回って来ない。そして、うちの監督はギャンブルが好きだ。良く言えば勝負師である。準備運動をしていた俺に軽く一声かけると、ゆっくりとベンチを出て審判に代走を告げる。
タイミングを見計らってその間に俺も一塁へとジョギングして津島さんとタッチすると、塁上に足を置きながら手袋をはめた。
-ソニックス、選手の交代をお知らせいたします。ファーストランナー、津島に代わりまして泉尾。ファーストランナーは泉尾。背番号十七。
にわかに外野スタンドが賑わいだす。これじゃない。こんなもんじゃない。次に来る、声援は。
-バッター、八尾に代わりまして……三上。背番号、三。
戦慄が走るような静けさがフィールドを突き抜け、大歓声が外野からバックスタンドへと波及して広がっていく。
チームの切り札にファンが与えた熱に、その宿命に、三上さんは不敵に笑む。その仕草がはっきり見える距離ではない。それでも分かる。
このチームの象徴が誰であるかを理解している人間ほど容易く想像できる。いつだって三上さんはそうやって戦ってきたから。
「いつまでもロートル頼みだから伸びねえんじゃねえの。お前んとこ」
一塁手の高木さんが塁上の俺を見ずに皮肉を送ってきた。たかだか年間二十本程度の本塁打しか打てない三十路がよく言えたもんだ。と切り返せば乱闘は必須なので、黙って飲み込んだまま、俺は一歩、二歩と塁を離れる。
初球の変化球を見送り、二球目をファウルボールにした三上さんは、打席から足をはみ出して素振りすると、ゆっくりバッターボックスに戻って構えなおす。
「お前も気の毒だよな。チームに足がねえからって、ローテの投手がリハビリに集中もさせてもらえねえんだから」
この皮肉屋の言う通り、スコアボード上で表示されている俺の打率は脅威の0割0分0厘だ。本職が野手じゃないので打席数が無いから仕方ない。
ただ、詳細成績がそこにあるなら、こうも表示されているはずだ。盗塁数十九と。
シーズンの前半戦、ハーラートップを争う最中で打球が襲い掛かってシーズン絶望の怪我を負った。久々にチームがクライマックスへの順位を保つシーズンだっただけに、医師から告げられたとき、何もできない失望に頭が真っ白になった。
翌日、スタジアムに行くとすぐに監督室に呼び出された。当然の二軍落ちの通告だろう。そう思って俯いていると「顔を上げんか、泉尾」と監督が睨んできた。
「足は動くんだろ、お前」
「あ、は、はい……小指折れてグラブをはめれないだけなんで」
「今日からベンチ入れ。いつでも走る準備しとけ、以上だ」