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異世界ヒロイン短編集

サイコ殿下に愛されたい!〜息子の婚約者を寝とるってどない?〜

作者: aaa

 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 愛されたいとは、思っていなかったけれど。




 せめて朝は一緒の食卓で、温かいスープとともに談笑を交わしたかった。

 庭に咲く、折々の花に囲まれながら、お散歩だって行ってみたかった。

 夕餉の後は、ワイン片手に一日のねぎらいをし、二人だけの時間を共有したかった。



 エリカ・ブランドが隣国の王太子ジルク・ローレンの婚約者となって四年目。




 二人が愛を紡ぐはずだった、そのベッドの中にはーーーー




 ジルクと、もう一人の影がいやらしくクネクネと、執拗にうねりを起こしていた。




 心の中で「嗚呼…」とため息を吐くと、目の前の女もシーツの中で「アアッ…」と吐息した。

 あら、あなたも憂鬱なことがおありで?王子のブツが物足りなかったのかしら?



 

 ジルクの婚約者としめ、半ば()()のようにこの国に呼び付けられて、四年。



 度重なる政策の失敗により崩壊寸前の属国から、捕虜さながらに献上された私を、彼は愛してはいなかったものの、丁重に扱ってくれた。

 感謝はしても恨むことはない、ただーー




「わざわざ見せつけるように、ここでなさらなくても…」




 彼の私への無関心と無配慮は、時に物理的な攻撃以上の鋭い棘となり、やいばとなり、私の胸を突き刺した。



 相手の女の声にも心当たりがある。

 私の侍女のマルルだろう。遠い国でも寂しい思いをしないようにと、お父さまが一緒に送り出してくれたマルル。

 


 文字通り生まれた時から、乳母さながらに育ててきてくれたマルル。どんなに辛い時も、相談にのってくれた彼女が、裏でこんな秘密を隠していたなんてね。




 彼女が悦びに咽ぶ声を背にし、涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。



 彼女が悪いわけではない、ジルクの女癖の悪さは周知の事実であるし、顔が良く物腰も柔らかなジルクに言い寄られて断りきれなかったのだろう。




 ただ、今回ばかりはーー。

 もう我慢の限界であった。




 意を決して涙を拭うと、エリカはとある人物に会いに向かった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 


 室内でありながら、その扉は四人の騎士に守られている。

 豪奢な金の装飾があしらわれた扉の前に立つと、中から「入れ」と声がした。




「失礼いたします。第一王太子ジルクさまと婚約をしております、エリカ・ブランドでございます。お目にかかれて光栄でございます」




 床には一面、白黒の大理石がチェス盤のように敷き詰められている。その上を赤いカーペットが一筋。



 目線の先には、この国の国王であるディノ・ローレンと、その妻であり王女ユリアーデがしていた。




「要件は」

 聞き飽きたであろう口上には触れず、殿下は一言だけ述べた。


 鷲獅子グリフォンと呼ばれるだけあって、その威圧感は凄まじい。

 手が震えそうになるのを、爪を立てて必死に止めた。




「この度のジルクさまとの婚約ですが、白紙に戻していただきたく......」


「なぜだ」



 今度の食いつきは異常に早かった。心を落ち着かせるため、一度息を吸う。



「ジルクさまの御心は、私にないのではないかと」



「貴様だって公爵家の令嬢、政略結婚がどんなものかは知っているだろう」



 そう、これは政略結婚。愛を求めるものではない。私たちの意思よりも、両家の利益が最優先だ。ただ......



「理解しているつもりです。此度の祖国の内紛を鎮圧し、さらには我が公爵家にも要職を与えてくださったこと、感謝の念に堪えません。」



「これは、私の我儘なのです。このことがきっかけで、ブランドが不利な立場に置かれてしまうかもしれません。それでも、きっと父上は許してくださるでしょう」




 そう、だって父上は私を愛しているから。




 殿下は変わらず眉をピクリともさせず聞いていたが、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。




「それは、困るな。

この婚約は、ブランド公爵家だけでなく、貴様らが持つウタン鉱脈の権益を受け取る形で、我が国にも多大なる恩恵があるものだ......そして、ブランド家にも。それを捨ててまで、貴様は何を求めるのだ?」




 改まった形で「何が欲しいのか?」と聞かれると、言葉に詰まる。

 そうだ私は何が欲しかったのだろう。どうしてこうも、祖国の、家族のもとに帰りたいと乞い願うのだろうか。




「......。父上と母上は、それは大層 仲睦まじく、今年五十の齢を数えようといいますのに、今だに月に一度、二人で療養地にウサギ狩りに行きますの」



 大好きな父上と母上、一人娘の私がいなくなって、いったいどう過ごされているかしら。

 少しは悲しんでくれて、いるのかしら。




「私にとっての幸せは、別にたいそうなものではございません。

 朝は一緒の食卓で、温かいスープとともに談笑を交わして、昼には庭に咲く、折々の花に囲まれながらお散歩をする。夕餉の後は、ワイン片手に一日のねぎらいをし、二人だけの時間を共有する。そんな日々に、恋焦がれているだけなのです」



 殿下と王妃は少し驚いたような顔をした後、二人で顔を見合わせて何やらコソコソと耳打ちをした。




「わかった。じゃあ妾になれ」




「ご理解いただきありが...え?」



「あらいいですわね、あなた!お散歩するなら、庭のお花をもっと華やかなものにしなくちゃね」


「うむ。任せた。以前モンテリア侯から貰ったワインがまだあったと思うのだが...」



 当事者の私をおいて、二人は大層ノリノリである。



「キャーー!!城下街に新しいカフェができたんですって!3人で行きましょ!」


「おい!カイル!モンテリア侯から貰ったワインはまだ......」


「あ、あの」


「よし、お前は今日から俺の妾だ、明日の朝は7時に食堂に集合するように」



 私の願いが無事 (?) 叶ったようで、こうして私はは王太子の妃から王の側室という、ハードモードにシフトチェンジしてしまったのである。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「起きろ!朝だ!」

「っ、きゃ」


 翌日7時からの朝食に招待されていた私は、「起きれるかしら」と久しぶりの早起きを少し不安に感じていたのだが......心配する必要はなかったようで、殿下が直々に部屋まで起こしに来てくださった。



「ほら飯だ!早く起きろ!」



 状況が理解できずにモタモタしていると、布団を無理やり引き剥がされた。



「きゃっ!殿下!待ってください、まだ寝衣ねまきなんです!」

「じゃあ脱げ!」


 

 豪快すぎる暴君を必死に止めようとするのだが、そんな努力も虚しく、ワンピースタイプのランジェリーをポンっと脱がされ、慣れた手つきで薄い木綿モスリンのドレスを着せられた。



 そのまま肩に担がれ 食堂に連行されると、20人ほどが座れる大きさの円卓が、食事で埋め尽くされていた。


 ボンボン鶏の丸焼き、極楽豚のソテーに、赤兎のレーズンパイ、鮮やかな橙色のスープは...カボチャだろうか?

 パン一つとっても、白パン黒パン、堅いバケットに柔らかいフォカッチャ、ナッツや胡麻が練り込まれた変わり種だってある。



「す、すごいです。朝からこんなに...」


「ユリアはまだ寝たいらしいから、先に食べよう」


 広いテーブルだったので、どこに座ろうか逡巡していると殿下に腕を引っ張られ......




 さもあたりまえのように、膝の上に乗せられた。



「......! で、殿下!あの、私椅子に座ります!」

「俺は椅子になれないと言うのか!!」

「いや殿下ですから!」


「俺は殿下じゃない、ディノだ」



 ああ、全く話が通じない。この方は本当に同じ生物なのだろうか。王になると私たち凡庸な人間とは一線を画した存在になってしまうのだろうか。それとも単にサイコパスなのだろうか...。



「わかりました、ディノさま。恥ずかしいので、降ろしていただけると嬉しいです」

「ディノだ」

「...ディノ、お願いします」

「そうか、恥ずかしいのか。そしたら朝ごはんを食べようか」

「......」



 相手が違う種族だと再確認したところで、あらがうことをやめて、素直に従うことにした。



「ほら、食え」



 スプーンに一口分のグラタンを乗せると、私の口元に運ばれてくる。



「うまいか、ほらコレも食え」

 あれやこれやと、次々にスプーンを運ぶディノの姿は、何だか飼い主が小鳥に餌付けしているかのようである。



「あ、あの。ディノもお食べになってください」

「わかった」



 そう言うと、私の口元についた食べカスを舌で拭った。



「まあまあだな」

「っっっっっっっっっっっっっっっ!」



 私が言葉にならない声を出していると、ユリアーデさまが「ずーーーるーーーいーーー!!」と恨めしがりながら飛びかかってきた。




 5時間かけて (途中から使用人も交え) 朝食を平らげると、午後は3人で庭を散策することになった。



「ふふふ、エリちゃんをビックリさせたくて、張り切って改造したのよ〜」



 あれ、庭のガーデニングを()()と形容することってあったっけ...と不思議に思っていると

 その疑問はすぐに解けた。



 目の前には、それは大きな大きなーー




 ガ○ダムがあったのだ。




「ユリアーデさま、こちらは...」

「ユリアよ」

「あっ、はい。ユリア、このガ○ダムは何でしょうか?」

「ふふ、何でもちまたで高木をカットして、その形でいろいろな人や物を表現するのが流行ってるらしくって。だから作ってみたのよ、ガ○ダム♡ 」



 いまいち理由になっているような、いないような。

 そもそもガ○ダムって何なんだ...と思ったが、ディノの悦びの絶叫を聞いてると、まあいっかと言う気持ちになってくる。



「うぉおおおおおおおおおお!!!ガ○ダムだ!!!おいユリア!俺のはないのか!俺のは!」



「ふふふ、もちろんございますわよ♡」



 ガ○ダム像の奥には、赤薔薇に囲まれたディノ・ローレンの拡大像が設けられていた。



「が、ガ○ダムよりデカい...」

「ふふふ、もちろん、ディノのディノもおっきいですわよ!」

「うぉおおおおおおおおおお!!!」




 何もかもが規格外の2人とのお散歩は、想像よりも少し、いやかなり刺激的なものであった。




 ドンチャン騒ぎの1日はあっという間に過ぎ、気づけば夜になっていた。



 自室で1人、今日の思い出を反芻し 余韻に浸っていると、案の定ディノがワイン片手にドアをぶち抜いてきた。



「エリカ!飲むぞ!」

「そちらがモンテリア侯からいただいたワインですか?」



 1日ですっかりディノのペースに慣れてしまったからだろうか、気づけば口元が緩んでいた。



 侯爵の献上品だというワインは確かにおいしかった。1杯だけのつもりが、気づけば2人で1本飲み切ってしまったようだ。



「これで、お前の願いは全て叶えたな」

「はい、本当に幸せな1日でした」



 自然と顔がほころぶ。



 そんな私を、ディノはまっすぐ見つめてくる。



 1日中忙せわしなかったので、あまりじっくりと彼を見る暇がなかったが

 こうやって、ゆっくりとディノを見ると、その美しさがわかる。

 肩幅広く、鍛え抜かれた胸板が厚い剛健な体躯。太い眉と切れ長の目。鷲獅子グリフォンとはよく言ったものだ、確かに伝説上の生き物のような神秘さがある。




「お前の人生はこれだけで、満ち足りるのだな」

 ディノは意地悪そうな笑みを浮かべる。



 はい。と、即答できなかった。



 今口を開いたら、どんな言葉が出てくるだろうか。そう考え込んでいると、突然ディノが顔を近づけ、耳元で囁く。




「もっと楽しいこと、教えてやろうか」




 私はこの鬼畜殿下に、何と答えたのだろうか。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「エリカとの婚約破棄だなんて、聞いてない!」



 側室として、ディノとユリアとの3人での生活に充足を感じていた、とある日。



 いつものように、3人で公務に見せかけたチェスに興じていると、ジルクさまが執務室の扉を勢いよく押し開け入ってきた。



「...今さらなんだ。お前とエリカの婚約が破談になったのは、もう1ヶ月も前のことだろう」


 

「そ、それはっ!知らなかったんだ、それに、エリカがなぜ、父上の側室に召し上げられているのです!」


 今まで、1ミリだって私に興味を示さなかった貴方が、何を今さら。という言葉を私が言うまでもなく



「もう俺のものだ」



 ディノが代弁してくれた。



「それにジルク、お前には他にいくらでもお相手がいるだろう。そこから新しいのを探せばいい」


 そう言うと、バサッと手紙の束を突き出す。




「使用人に手を出すだけならまだしも、安易に高位の貴族令嬢にも手を出すから...。ホラ、こんなにもお前を求める手紙が来ているぞ」



「この中から好きに選べばよかろう」

 実の息子から婚約者を掻っ攫ったとは思えない、優しく朗らかな笑顔で、ディノは言った。



 ジルクさまは、このサイコパスに何を言っても仕方がないと悟ったのか、標的を変えた。



「ニーナ、確かに俺は誠実ではなかったかもしれない...。だが政略結婚と言う大義名分においては、役割を果たしてきた自負はあるのだがな。

まさかよりにもよって、実の父親に衣替えするとは、思ってた以上に肝が座った尻軽のようだ」



 ジルクさまが言っていることは、間違いではない。婚約が破談になることは、そこまで珍しいことではないとはいえ、同じ家から......ましてや父親を次の婚約者に据えるなど、常軌を逸している。



 私が言い返せないでいると、ディノが静かに口を開く。




「父親として、大事なことを教えてやろうジルク

紳士たるもの婦人を愛で満たし、安寧を与えることは責務。

そして愛すると言ういことはだな、大切な人への無礼を決して許さないということでもある」



そう言って立ち上がると、無言でジルクさまへの元へと歩み寄りーーーー



ぶっ叩いた。


 それはもう、見事なまでの右ストレートに左ジャブ。

 あら いけないエルボーまで。背負い投げからの踵落としは、流石に酷いのでは...。




 胸はすいたものの、一応は元婚約者。多少の恩義は感じていたので、何とか助けに入ろうとするも



 「教育だ」と一蹴され、スパルタ教育をやめる素振りも見せない


 ユリアーデさまも「オホホホホ」と、口元を隠して笑われるばかりで

 気づいたら私も、止めることをやめ、笑っていた。



 はあ、本当にこの人たちは、過激だ。


 過激で、自己中で、サイコパスで、大好きな人たち。



 バキッ!バコ!ドゴドゴドコッ!


 

 不謹慎すぎる音を聞きながら、自分の心が、愛で満たされていくのを感じた。







  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 やっとのことでローレン親子を引き剥がした後、私はディノとユリアーデと一緒に尖塔に登り、夜風にあたっていた。

 バルコニーからは城下街の灯りがよく見える。

 改めて目にすると、お二人が治めるこの国が、どれだけ大国であるかがわかる。



「エリカ。昼間の件だが、お前がどうしてもジルクと添い遂げたいのなら、別にそれでもいい」



 拒絶されている、訳ではない。

 相も変わらず鋭いディノの目元だが「お前が決めていいんだ」とそう語りかけている気がした。



 誰よりも優しいのに、不器用な方。



「お心遣いありがとうございます。でも、私はディノと一緒にいたいです」


 いっぱい、いっぱい愛情をくれる方なのだから。私からも沢山の愛をあげなきゃ。




「ディノを大切にしたいんです、私の愛を注がせてください」



 私を見つめるディノの目は、誰よりも怖くて誰よりも優しい。



「はぁ!二人ばかりずるい!」


「じゃあ今夜は三人でだな」



 膨れっ面をするユリアに抱きつかれながら、ディノに頭を撫でられる。



 私は今、愛されている。





 


 


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