妖狐、主を救うため時を巻き戻す 中
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
創作中は作業用bgmが欠かせませんね。ね?
ドクン、と何かの衝撃。心臓が大きく動いた感覚で飛び起きた。
ここは紛れもない、僕の部屋。窓からは朝日が差し、何事も無く1日が始まろうとしている。夢から覚めたような感覚だけれど、「おはようございます、宗治朗様」と、死ぬ1カ月前に辞めたはずの使用人が起こしに来る。念のため今日はいつかを聞くと・・・半年前の日付が、彼女の口から出た。
やっぱり、半年前に戻っている。時戻しは成功したんだ。
適当に相槌を打って、とりあえず使用人には部屋から出てもらった。見ればいつもの寝床から、獣姿のコゲがスタスタと近付いてくる。
「・・・・・・コゲ、僕、戻れたんだよな?」
「あぁ、ちゃんと半年前に戻れてる」
あれ、コゲは獣姿でも言葉が話せるのか!思わず目を丸くする。曰く、愛犬が話すなんて状況、家族に受け入れられたか不安だったので秘密にしておいたとのこと。元々コゲは、継母や妹には「獣臭くて嫌」と嫌われている状態だ。それが喋るなんて、捨てられる未来しか見えなかったとのこと。まぁ、あの2人ならそうしかねないな。
「でも・・・宗治朗になら、もっと早くに話せてたら良かったかもな。そうすれば本当の意味で、お前の支えになれたはずなのに。お前の苦しみや辛さに、もっと声をかけられていたら・・・」
「いやいや、聞いてくれただけでも嬉しいよ。僕をこんなにも思ってくれるのは、多分コゲだけだと思うし」
コゲのやつ、あの事故からずっと自分を責めてばっかり。そんなこと無いのに、お前がいてくれるだけで幸せな僕もちゃんといるのに。ふと、扉の向こうからさっきの使用人が声をかけてくる。静かにしててと合図を送り、僕は対応する。
「宗治朗様、旦那様より伝言です。本日の13時より、応接間にて歓談をするとのことです」
そうだ、丁度半年前、普段は都で働く叔父上がここを尋ねて、歓談みたいなことをしたんだっけ。確かこの時・・・跡継ぎについての話も出たはず。分かったと挨拶をして、使用人の足音が遠ざかっていくのを待つ。
「継母と妹には警戒しろ。まだ動いていないとはいえ、ここからお前を一気に標的にするから。
それと、もう“良い子”の仮面を脱いで良いと思うぞ」
えっ、と間抜けな声が漏れた。別に僕は、良い子の仮面なんて・・・。
「好き放題されたのは、奴らがお前を“不満出さないから良いように扱って良い”と思っていたからだ。お前だって、それで嫌な思いしたんだろう?なら、そうしなければ良い。
お前は道具じゃねぇ、もっと自分の意志を伝えていけ。それがお前が幸せになれる道だ」
コゲの言葉が、前向きにさせてくれた。そうだ、1度やられた身なんだ。ここで躊躇してたら、また二の舞になってしまう。強気でいかないと。
○
「いやぁ瑠姫奈ちゃん、大きくなったねぇ」
「ありがとうございます、叔父様」
瑠姫奈というのが、妹の名前だ。瑠姫奈と彼女の母が朝霧家にやって来たのは、母が亡くなった2年後・・・つまり僕が14歳のとき。父は辛い中で支えてくれた瑠姫奈の母と結婚し、僕らは戸籍上兄妹になった。それからおおよそ4年、2人はすっかり父に甘やかされて過ごしている。
瑠姫奈の実家は元々、西洋諸国に拠点を置く実業家だ。そのためか、名前がどこか異国っぽい。人形みたいに可愛らしかったからか、叔父上も一目で彼女のことを可愛がるようになった。あのワガママを知っている僕は、一切そんなこと感じないけど。
「いやぁ、兄上が一時期どうなるかと思いましたが、こんなに回復できるとは。いやはや、朝霧家もまだまだ安泰ですな!オマケにこれで海外に拠点を置ければ、さらに我々の資産は増えますぞ」
「まぁ待て。朝霧家は妖組織との兼ね合いもあるし、無理に海外に拠点を置いたら彼らとの関係を崩してしまう。だから海外事業を増やすのは難しいぞ。最終的な決定権は、長男である宗治朗に任せるが」
うっ、と飲んでいたお茶が戻りそうになる。確か前もこんな感じだったような・・・。ジロリと、継母や瑠姫奈の視線が痛い。
「私や瑠姫奈も、れっきとした朝霧家の一員ですわ。少しくらい、家の事業に口出ししても良くて?」
「良いですぞ、ドンドン出してください。中心が宗治朗であるだけですから」
「でしたら早速ですが。瑠姫奈は既に、外国語を会得しています。海外事業を扱うのなら、彼女を中心にさせた方が良いのではないかと」
「まぁそれもありますが・・・ほら、宗治朗は一応嫡男ですし」
「都では生まれや性別関係なく、才ある者が世の中を引っ張っているではありませんか」
今になって分かるけど、これは確かに標的にされてるよ、うん。でもここで黙っていれば、また良いようにされてしまう。少し強気にいかせてもらおう。
「継母上、確かに瑠姫奈は外国語に優れていますが、事業の運営などに関する教育を一切受けていません。今から学ぶのは大変でしょう」
「な、何を言うのですか兄上。私だって、それくらい大丈夫ですわ!」
口ではそう言ってるけど、完全に出任せだな。ここに来てから、瑠姫奈はやたらと甘やかされ、勉強という勉強に何1つ取り組んでいないんだから。実家の影響でやたらと1つの外国語だけ強くなったらしいけど、それで担うかと言われればそうでもない。そこを突いてやれば、結構うろたえている。ちょっと面白い、1回目でもこんな風にしてたら良かったかも。
「それもあるな。瑠姫奈には少し負担があるので、そういった道からは遠ざけてはいたが」
「兄上、今は女子もそれなりに勉強が出来なければ!幅広く知識を取得してなければ、彼女の語学力が発揮されませんぞ」
それに叔父上は、教育に関しては父よりうるさい。確かに瑠姫奈を可愛がってはいるけど、こういった面で甘さは無かったはず。
「では僕の先生に、瑠姫奈にも教えてほしいと頼もう。彼女も大丈夫と言ってるけど、まずはやってみなければ分からないからね」
「宗治朗、何を勝手に・・・!」
カッとなる継母だけど、父や叔父は「確かに」という顔をしている。「あ、有り難いお言葉ですが・・・」と瑠姫奈が回答に困っていると、チラッと彼女が何かを見つける。
絨毯が敷かれた床を堂々とウロチョロする、真っ白なハツカネズミ。
何を隠そう、瑠姫奈は大のネズミ嫌い。何でもねずみ取りに掛かったネズミがトラウマなんだとか。当然悲鳴を上げて「捕まえて!私の目の前から取り除いてぇえええ!!と、死に物狂いで使用人を呼びつける。お陰で部屋は滅茶苦茶、オマケに騒動の末、ネズミは捕まらなかった。
あれ、前回もこんなシーンあったのかな?記憶に無い・・・。
結局そんなゴタゴタのまま叔父も帰り、とりあえず歓談は終わる。今日のことをコゲにも伝えておいた。前回よりかは有利に進めたけれど、ある意味標的になった感じはすることも。
「アッハハハ!ネズミなんかで怖がる瑠姫奈の顔、見てみたかったぜ。まぁでも、やられっぱなしにならなくて良かった。俺も彼女が別の妖と関与していないか調べていく。お前は本当に注意しろよ。
そんな感じで、少し強めに相対してやれ。アイツらに下に見られないよう、胸を張れ!」
○
結局父は叔父の話に乗り、瑠姫奈にも家庭教師を付けるようになった。お陰で彼女の自由時間もグッと減り、自由なお金の多くは教育費になり、継母の無駄遣いや瑠姫奈のワガママが減った気がする。
その分のストレスを、僕にやつ当たってる感じがした。でも僕は決して屈することなく、継母や瑠姫奈に真正面から相対するように心がける。
例えば継母が新しい宝石を買いたいから、どこかに売れそうな母上の遺物を尋ねられた時。「貴女の持ち物を売った方が、より多くの資金になりますよ」と言ってやる。当然不満そうな顔をされたけど「そもそも貴女がドンドン売りさばいたから、もう売れるモノなんて残ってない」と突っぱねてやった。
次いで、瑠姫奈が庭先で花を愛でる僕を見て「男なのに花好きなのですか?不似合いですわ」と笑われた時。「好きに似合うも無いだろう」と一言だけで終わらせてやった。こういうのは言い返したり反応したりするのが向こうの思うつぼだと、コゲが教えてくれたからね。「兄上、最近変わりましたね」なんて言われても、気にしないでおく。
コゲも「あんな笑える顔見たこと無い」「しっかり言えるようになったじゃないか」と、毎日僕のことを気にかけてくれた。一方的に話すことも楽しいは楽しい。でも、こうして話しかけてくれるのがこんなに嬉しいことなんて、知らなかった。
今までは「不満出さないから良いように扱って良い」僕から、「好き勝手に扱えない」ことを示していけば、次第と理不尽な目に遭う機会は減っていく。標的にされた雰囲気は変わらなかったけれど。
その間に、コゲは調べがついた妖側の情報を教えてくれた。コゲが関与していると睨んでいるのは、悪徳事業や汚れ仕事ばかりを担う妖の集団。朝霧家と繋がりのある妖組織と長い間対立している、ならず者の集まり。
「この社会における犯罪や悪事にあたることを、平気でやってのける妖どもの集まりだ。もはや犯罪集団と言っても良いな。禁止妖術の強行も多いらしい。そして、この集団を・・・瑠姫奈の実家が支援している噂だ」
犯罪集団を支援だって!?瑠姫奈の実家のことは、簡単にしか聞いたことがない。家は海外にあるから簡単には行けないとか言っていたけれど、もしかしたらそういう事情で僕らを遠ざけていたのかもしれない。
確かに朝霧家が瑠姫奈側に渡れば、妖組織のどちらが有利になるかは明白だ。そういった理由でも、跡継ぎである僕が邪魔だったという訳か。
もしかして継母は最初から、この理由で朝霧家に近付いたのかもしれない。父の支えになって朝霧家と繋がりを得ることで、後々自分たちが有利になるための布石を打っていたのだろうか。
「当然、奴らも潰したいところだが・・・まだ証拠が何も無い。既に時を巻き戻して数ヶ月は経った。そろそろ奴らは何か仕掛けてくる、その時が勝負だ。
宗治朗、しばらくは俺から離れるな。理由を付けて、俺を隣に置いてくれ」
そう言っているコゲは人型になり、僕を背中から抱きしめている。こ、こういう意味での隣にいさせては・・・その、難しい、ような。
最近、コゲとやたらに密接になる。僕らの命の危険があるからここまで必死なんだろうけど、今まで友達って感じだったから、なんとなく落ち着かない。
正直あの時。コゲが妖狐で、しかも人間でもあるという事実には困惑した。時戻し後、死ぬ前のように愛犬として関われなくなってしまったんだ。
散歩の際に紐を付けることに、抵抗を覚えてしまったり。
ペロペロ舐められることが、獣姿でも無理になってしまったり。
部屋で話していたら、使用人から「誰と話していたのですか?」と不思議そうに見られたり。
いつも布団の下腹部で寝ていたコゲが、いつの間にか人間姿で僕を抱え込んでいたり。
少しずつ、コゲとの距離感が難しくなっていく。今後、コイツと上手くやっていけるのか?いや、その前に僕が死なない道を選べるのか。
「・・・・・・うん、出来るだけやってみる」
でも彼を振り払うことも出来ない。同時に、言葉で出せても行動で出せるか分からない。僕はなんとなく返事するしか出来なかった。
○
翌日、いつも通りの朝。コゲの散歩のため、僕は1人で外の倉庫にいた。今まで頑張ってきたからか、コゲはまだ夢の中だし、無理に起こさない方が良いだろう。こういった散歩や食事の用意も、実際は妖狐かつ人間の彼にしていいのか、不安になってくる。
「そ、宗治朗様!た、た、大変です!」
そんなことを考えてリードを整えていると、朝の掃除をしていた使用人が、慌てた様子で僕に声をかける。
「宗治朗様のお部屋から、ひ、ひ、火の玉のようなモノが・・・!」
火の玉!?何だそれ!?
「しかもそれを追って、お部屋にいた愛犬が外に飛び出してしまって・・・!あまりにも早すぎて、私ではとても追えませんでした」
コゲが飛び出した?今まで部屋から出るなと言って、勝手に出て行く奴じゃない。そもそも、あんなにグッスリ寝てたのに。もしかして、妖が絡んでいるかもしれない・・・?
何かあったに違いない、僕も大慌てで外へと向かっていく。
使用人の顔が一瞬、嗤ったことなど気付かずに。
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
「下」は明日夜に投稿する予定です。