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虎の師匠、女豹の妹子(でし)  作者: 十九川寛章
プロローグ
11/16

物騒なオジさんは立合いがしたいと、女を口説くように迫る

神社の境内だ。

時刻は、22時過ぎぐらい。月は出ていたが、小さな水銀灯が一つ点いているだけで、境内は暗かった。

むろん、人の気配はない。

大きい神社ではない。主祭神がなにか、それも分からない、小さな神社だった。

石を模して設けられた階段を二十段。その中間に二、三歩ほどの踊り場があるので、ちょうど十段ずつの階段を二度上った先に、その神社がある。

階段を上がったところで鳥居をくぐって、左手が手水舎(ちょうずや)。奥が本殿でその手前までは、鳥居から伸びた参道である。

本殿の奥に、屋根の倍ほどの高さに杉の木が何本か伸びていた。風はほぼ、ない。杉の木は揺れていない。

手水舎の向かい側、参道をはさむ形で社務所があったが、電気がついていないところを見ると、普段は無人らしい。

その参道をはさんで、玉砂利の上に二人の男が対峙していた。

ひとりは、上村勇吾だった。

ひとりは、早川新甲だった。

間合いは、お互いに一歩踏み出せば、何かしらの攻撃は届く距離だ。逆にいえば、まだ互いの技が届かない間合いを保っていると云える。

阿部真二はといえば、勇吾の斜め後方、手水舎の前に立っている。これから始まることの、顛末(てんまつ)を見届けるためだ。

何が始まるのか。

それは、阿部にも分かっていた。

(恐らく、身の毛もよだつものが見れるかも、な)

阿部は想像しながら、僅かに身震いした。

恐怖、からではない。期待と、興奮で、である。

血が騒ぐ。そういった方がいいかも知れない。

いや、これは、武道家の血が騒ぐというより、もしかしたら、ただの怖いもの見たさなのかも知れない。

(話に聞いてた通りなら、それがこれから、間違いなく始まる)

阿部は思い出していた。先刻の焼肉屋の店内での、勇吾と早川の会話をだった。

(あの早川ってオヤジ、確かに、リアルバウターといった)

と、いうことは、それを知った上で、勝負を挑んできている。

すなわち、上村勇吾にだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


勇吾は早川を、黙って見つめていた。

殺気は、この場に来てからも、膨れ上がったままだ。焼肉屋を出てから、場所を探して、この場にたどり着いた。人目につかない、ケンカするのに絶好の場所。探しているうちに、誰からともなく、境内への階段を上がっていた。

その間焼肉屋からずっと、この男は、不気味な殺気を放ち続けていた。

首すじが、ひりついている。鳥肌がたっている。

早川が放つ、殺気のせいだった。

血が沸き立つのを禁じえない、極上の殺気だ。

つい、その気にさせられる殺気である。

間違いなく、本気にならざるを得ない、そういう殺気であった。

(どんな美人の誘いよりも、強烈だ)

それが今の、勇吾の本音である。

決して乗ってはいけない、危険な誘いだ。

それは、分かっている。

乗らずにはいられない、甘美な誘いだ。

それも、分かっている。

(何だか、ゾクゾクしてきた、な)

勇吾は自分の口角が、大きくつり上がったのを自覚できていなかった。

早川に、期待している。

その危険さに。不気味さに。何よりもその、得体の知れなさにだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

早川新甲は、震えを抑えきれなかった。

怖いから、ではない。期待、とも少し違う。

武者震い、などでもない。

なにか?何からくる震えなのか。

早川には分かっている。

愉悦だ。喜びの極みだ。

長年追い求めた理想の女に、ようやくめぐり逢えた。その女をこれから、口説きおとそうとしている。

腕ずくで。

力ずくで。

どんなことをしても、物にしたい。

そうとしか()えない。

云えないが、問題が一つだけある。

それは相手が女ではなく、男だということだ。

いま、その男が、目の前にいる。

上村勇吾という男だ。

剣道家で、キックボクサー。そして、日本中のリアルバウターが標的としている漢(おとこ)である。

自分が上村勇吾を、いつから追い求めるようになったか、記憶はない。

気がついたら、追い求めていた。推しの女優やアイドルを追うのに似ていなくもなかった。

我ながら、変態だなとも思う。

決して、性的嗜好はゲイなのではない。

むしろ、女は、好きな方だ。

その女を、敢えて普段は遠ざけながら、この道を歩んできた。

この年になるまで、だ。

それが間違いだったのか、そうでないかは、自分には分からない。

その答えは、この漢が、教えてくれる。

間違いなく、そのはずだ。

上村勇吾が、だ。

そう、確信していた。

さあ、早く始めるとするか。

さっきからもう、ウズウズしてるよ。

早く、交わりたい。ヤリたいんだよ。

お前と、アンタと、血が出るほどに、な。

ナニい?せっかちなんて言うんじゃないよ。

だから、早く、ヤラせてくれよ。

濃厚なヤツを、たっぷりと、さ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(何か、ちょっとしたことだな)

阿部は、感づいていた。

何かしら、わずかな弾みで、この均衡が破れる。

そのきっかけは、本当に、ちょっとしたことでいい。

近所の主婦の笑い声。

近くを通りかかったクルマの音。

自転車の急ブレーキの軋み。

なんでもいい。

二人とも、そう思っている。探り合いになっている。

きっかけとは、すなわち、先制攻撃のための()きだ。

阿部はいつしか、その瞬間を見逃すまいと、瞬きすらも忘れていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


それは、突然だった。

勇吾と早川の間、参道の上に、一匹の黒い野良猫が駆け込んできた。

一目散に黒猫が本殿の床下に潜り込んでいった。

その瞬間、それは始まっていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「じゃぁっ!!」

気合いとともに、早川が右足を蹴り上げた。

前蹴りだ、が、大きな蹴りではない。

ごく小さい、膝を支点にして、振り上げただけの蹴り。

たが、それで充分だった。もとより、当てようと思って出した蹴りではない。

狙いはそれよりも、別なところにある。

早川の振り上げた右足の下から、無数の玉砂利が舞い上がっていた。

そう、目眩ましであり、フェイントだった。

勇吾が右手で、砂利を払う。

かかった!

早川は、一気に踏みこんでいた。してやったり、と言わんばかりに、口元に怖い笑みが浮いている。

左手を、思い切り伸ばした。勇吾の顔面にめがけて、である。

パンチではない。掌底でもない。手刀でもない。

伸ばしたのは、指先を開いたまま、下向きにした手の平だった。

狙いは他でもない、勇吾の両目である。

そう、目潰しだ。

よく、空手でいうところのそれは、人差し指と中指の指二本を伸ばして突く、いわゆる「二本貫き手」のイメージがある。

しかし、実際に有効なのは、この方法なのだ。

こうすると、仮に多少、(かわ)されても、どこかの指は入る。少なくとも、まるっきりのハズレになる確率は低くはなる。

勇吾はといえば、まだ、その場に立ったままで動いていない。

早川の左手が、指先が勇吾の顔面に達したように見えた。

が、届かない。その刹那には、勇吾の顔面はそこになかった。

勇吾は目潰しを、僅かに頭を下げて躱していたのである。ヘッドスリップだ。

目潰しを躱された早川の懐に、勇吾の顔が浮かび上がった。早川には、そう見えた。

勇吾は躱しざま、踏み込んでいたのだ。

ゾクリ、としながら早川が、右フックを繰り出す。

勇吾がニマリと笑いながら、読んでいたと言わんばかりに右フックをブロックした。

それと同時に、ブロックしながら右手で何かを早川の顔面に叩きつける。

瞬間、早川が頭を左に振りながら下がった。

勇吾の右手から、何か無数の、小粒な物体が飛んだ。それまで早川の顔があった空間に、である。

玉砂利だった。勇吾は先ほど、早川が蹴り上げた玉砂利を、払うだけでなく、何粒か掴んでいたのである。今度は逆に、フェイントではなく、攻撃に利用したのだった。

もっとも勇吾も、ダメージを与えることを狙ってはいない。取られかけた先手を取り消しにするためだった。

下がった早川を、勇吾が追う格好になった。

左に傾いている早川の頭部に、勇吾の右ハイキックが伸びる。

早川が左腕でブロックした。

すかさず勇吾が左ジャブ、右ストレートとワンツーを見舞う。

早川は左右の手で(さば)きながら、一気に今度は飛び下がり、間合いを切る。

再びの、対峙になった。間合いは三歩ほど。

勇吾は、傷ひとつ、負っていないように見える。

早川も無傷、ではなかった。右目の目尻がきれ、頬に血が伝い流れている。

先ほどの勇吾の投げた玉砂利を、全ては躱しきれなかったらしい。

早川が、ニタリと笑った。流血と相まって、凄絶な微笑みだった。

(たの)しいな」

「愉しいな」

「期待通り、じゃ、なかったがな」 

「失望させてしまったか?」

「いや、逆さ。期待以上だよ」

「そりゃあ、どうも」

「礼をしないと、なあ」

「いらん、といったら?」

「そういうアンタじゃ、ないだろう。噂の通りなら、な」

「確かに」

勇吾がそう答えるのが、先だったのか後だったのか、早川がまた先に動いた。

革靴の右爪先を、また飛ばしてくる。

ただし、今度は、爪先を当てにきていた。

尖った靴先を、勇吾の前足に、である。

狙いは恐らく、(すね)だろう。

蹴りを当てようと思えば、一番近い部位だ。

空手家やキックボクサーなら、やり慣れた者なら例外なく、鍛え上げている部位でもある。まともに蹴ったところで、たいした効果が見込めるものではない。

だが、尖ったもので一点集中で蹴り込めば、一瞬なら動きを止める効果はあるだろう。うまくすれば、脛の骨にヒビくらいは入れられるかも知れない。それを狙っての蹴りだった。

勇吾が前足を僅かに持ち上げた。前足は左足だ。

早川が伸ばした右の爪先に、勇吾が無造作に左足を伸ばして迎えた。迎えたように見えた。

否、爪先めがけて逆に蹴りを入れたのである。

ボキリ、とも、ゴキンとも聞こえる鈍い音がした。途端に早川が、顔を(しか)めつつ右足を引っ込める。

勇吾の左足の足底が、逆に早川の爪先を破壊したのだった。

靴の中で早川の足指は、恐らく何本か折れたことだろう。

右足を地に着けた早川が、歯を食いしばっていた。心なしか、姿勢が右足を庇うような形に変わって見える。

「一応訊くが、まだやるか?」

「バカいっちゃあ、いかんよ。オレはまだ、立ってるだろ」 

「それも、そうだな」

「そう、情けは無用。どちらかが動けなくならないかぎり、勝負は終らない。それが、この世界のルールだろ?」

「そうだった、な」

「そうとも、仮に死ぬことになろうと、いかなる第三者にもケツを持っていかない。それがこの世界の、暗黙の了解だ」

「念書は、書いてあるんだよな?」

「もちろんだ。ここに来る前に、分かりやすい場所に置いてきたよ」

「遺書にも、見えるだろうがな」

「それは、お互い様だろ。アンタだって、家を出るたびに、常に用意してるはずだよな?」

「ああ、オレもだ」

「なら、さあ、やろうぜ、続きを」

遠慮はいらないぜ。早川がさらに、つけ加えた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


阿部真二は、息が止まった気分だった。

いや、息もできない、といった方が正しい。

何だよ、何なんだ、コイツらは、コイツらの住む世界は?話しの内容が常識なんかの範囲に、収まってないぞ。

何よりも、エラく物騒な単語が、飛び交ってるじゃないか、さっきから。

まるで話しについて行けない。話しの中に入っていけないというのが、阿部の正直な思いだった。

阿部とて並の漢ではない。伝統空手は実に、五段の腕だ。

(一社)日本伝統派空手協会の全日本選手権、個人組手では、毎年のように上位入賞の常連であり、何度かは優勝も経験している。

のみならず、国体の県強化選手に指定されており、これも毎年、県代表選手に選ばれてもいた。

実戦(けんか)も幾度となく、経験している。

そのうちの何度かは、生命のやり取りともいえるほどのものだった。

いわば、道場や試合ばかりでなく、ルール無用の修羅場の経験も豊富な男だ。

その阿部が、別次元にいる人間を見るような目で見ている。

勇吾を、早川を、だ。

(そりゃあオレだって、ケンカとなれば迷いなく、目ん玉に指を突っ込むくらいはするが、よ)

これはもう、当事者以外の人間は誰であれ、首を突っ込んでいい話しではない。いや、立ち入るべきではない。

(関わっていい世界じゃあ、ないのは確かだ)

普通の人間なら、だ。そして、目の前にいるのは間違いなく、普通ではない世界にいる男どもなのだ。

少なくとも自分の場合、実戦となれば常に、相手の生命を奪うことまでは考えているわけではない。結果として、それに近くなってしまったことはある。あるが、死なせてしまわない程度に手加減はしていたはずだ。

だが、このリアルバウターと呼ばれるヤツらの世界はどうだ。暗黙の了解でそうだとはいえ、死ぬことになっても、誰かを死なせることになっても納得の上、覚悟の上でいるようではないか。

そして恐らく、いざとなれば、状況が許せば、相手の息の根を止めることも躊躇(ちゅうちょ)なく出来る人種だろう。

だと、したらだ。

(誰にも、止められない。そうしていい、とか、そうすべきとか、そういうレベルでもない)

もはや、何人たりとも、最後まで見届けるしかない。それが、この、彼らリアルバウター同士の勝負というものなのだ。

(だったら、割って入るのは野暮、ってモンだ)

阿部はぼんやりと、そのことに思い至っていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(いい、いいじゃないかよ、コイツ)

早川は、(よろこ)んでいる。

期待以上、どころではない。噂以上、とひとことでも(くく)れない。

上村勇吾。いつか会えたら、是非ともやってみたいと思ってたんだ。ここ何年も前からな。

無水無月流の皆伝は、もう何年も前に得ていた。だが、途端に、何かがつまらなく感じるようになってさ、気がついたらこの世界に足を踏み入れていたよ。

リアルバウトの世界に、リアルバウターとして。

だが、オレが満足できる相手には、なかなか巡り会えなかったんだ。

ひどく絶望に近い思いで、引退を考えていた時に聞いたのさ。アンタの噂を。

アンタは知ってるかい?

アンタ、この世界じゃ「東北のトラ」なんて呼ばれてるんだぜ。結構な、全国区で有名なんだ。

有名人だけ、あるねぇ。()()れするよ。えげつないことも、躊躇(ためら)わないんだもんな。

普通はしないよ、蹴りを靴底で、蹴り潰すだなんてことは。

こっちが目眩ましに使った砂利を逆手に取った使いようといい、アンタも充分、えげつないよ。

何ィ、卑怯というのかだって?

云わないよ、言うわけないだろ。

この世界じゃ、こんなの、食らってやられる方が悪い。何しろ、元々実戦にルールなんかあるわけ、ないんだから。実戦に卑怯もへったくれも、あるわけないよ。

どうやら、右足はもう使いもんにならないな。たぶん、親指から三本、折れてる。爪先に力が入らない。

だから、こっちからは動けない。

それは、アンタも気づいてるはずだ。

だから、カウンターを狙わせてもらうよ。

さあ、早く、仕掛けてこいよ。

とっておきのプレゼントを、くれてやるから。

そうだ、それでいい。

前に出ようとしてるな。

あれ、なんで歩いて来るんだよ?

そんな無造作に、えっ??!


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


勇吾は、気づいている。

(右足はもう、使えないはずだな)

早川が右足を後ろに、つまり前足を左足にしている。だが、前足に体重がかかり気味になっているように見えた。

もう、足を使って動くのは無理だろう。

だからこその、どっしり構えて動かないってわけか。

そうなると、狙いは一つ、だな。

そう、つまりは、

(カウンターだな)

オレだって、同じことを考える。

問題は、なにを狙い、どこを攻めてくるかだ。

この場合、オレだったら、どうする?

考えろ、えげつなさを全開にしろ。

そうだ、これだ。

何をやるにも、間合いと間を(つか)めなけりゃ、それは、狙えない。

よし、じゃあ、アレをやってみるか。

どうなるか分からんから、かなり、ハイリスクではある。

けど、これぐらいはやらないと、アンタに失礼だよな。

常に、全力で、本気で。

それが、礼儀ってモンだ。

なあ、そうだろ?

早川さんとか言ったか、なあ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


勇吾が間を詰めたのは、確かに無造作、そう見える詰め方だった。両腕は、キックの時のように、いつでもパンチが出せるよう構えている。

勇吾は、剣道のすり足を使っていない。

かといって、ステップを踏んだわけでもない。

まして、下半身のバネを使って前に飛んだわけでは、もっとなかった。

どうしたか。

勇吾は、歩いたのだ。それも、ごく普通に散歩でもするような気楽さで、だった。

しかし、よく見ると、腰があまり深く沈んではいない。上半身がブレず、腰の高さが一定で浮き沈みもなかった。

しかも、一歩踏み出す際は、前足が地面に着くまでは間を微妙に取ってもいた。前足が着地するまでは後ろ足に、つまり全体重は後ろに残っているという、絶妙の体重移動(シフト・ウェイト)だったのである。

一見無造作に見えたのは、このためだった。

これなら仮に、相手が何かしら攻めを仕掛けても、即座に対応できる、そういう隙のない足さばきでもある。

だからこそ、早川は面食らったといっていい。

間を捉えることが出来ず、気がついた時には遅かった。

勇吾にいつの間にか、間合いを詰められてしまっていた。

「ちぃぃっ?!」

焦ったものでもあったか、早川が舌打ちにも聞こえる気合いとともに、右足を蹴り上げた。前蹴りだった。

既に破壊されている足での蹴り。当然、ダメージ効果を狙ってなどいない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


右足は、捨て駒さ。

そうだよ。フェイントだよ。左掌で、前蹴りを上から受け、払われる。ほら、予想通りだ。

今度は空いた左の顔面に、右の掌底を飛ばす。

そう、体を右に僅かに傾けて躱すよな。

今度は左手を伸ばしていこう。

打撃ではなく、掴みに行くんだ。

どこを?

右耳を、だ。

右耳を引きちぎろうとしてるかって?

半分は正解だ。だが、半分はハズレだよ。

これも狙っても、簡単に許すアンタじゃないはずだろ。

ああ、やっぱりな、スカされた。

だが、体が真っ直ぐに戻ったな。

待ってたのさ、この瞬間を。

そう、本命はこっちの右さ。

こっちなんだよ。

狙いすました、最高のプレゼントだ。

遠慮なく、受け取りなよ。

なに、お返しなんか要らない。

コイツを、黙って食らってくれよな。

そう、オーソドックスな二本貫き手だ。

人差し指と中指を、両目の中に思い切り突っ込んでやる。かき回し、こねくり回しでやるぞ。

どうやら多分、オレの右足はもう、おシャカだ。

そのかわり、アンタからは光りをもらう。

さあ、受け取れ。

あ、何でそこで左の手首を、オレの右腕に絡ませるのさ。

ダメだよ、さらに背中向けちゃ、まだ立合いの最中だぞ。

こっち向けってば。

あれ、右肘が、いつの間にか極められてるぞ。

背中見せたのは、オレの右肘を、アンタの右腕で、上から捉えるためか。

なるほど、凄えな。

って、いや、よくないぞ。

このまま体を沈められたりしたら。

おい、ちょっと待て。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「○▲✕□っ?!」

早川の呻きは、言語ではなく、音声にもなっていなかった。もはや、ただの音にすぎない。

同時に、ゴキりとも、ボキリとも云えない、どちらにしても、身の毛のよだつような音が境内に響いた。

早川の右肘を極めたまま、勇吾が躊躇いなく、足を前に投げ出しながら尻もちを着いたのである。

プロレス技でいう、ヘッドロックの要領だった。

勇吾が、静かに立ち上がる。

残心を示しながら、振り返った。

その足元では、右腕を折られた早川が、苦悶の呻きを漏らしながら蹲っていた。










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