8 王様の英雄の帰還
現れたのは、行方不明になっていたダルツォでした。
もともと落ち着いた性格でしたが、三年ぶりに会う従兄は、ずいぶんと大人びた様な気がします。
最後に会った時より髪が伸びたせいかもしれません。
ずぶぬれの髪を背中で一つに括っています。
着ているものもびしょびしょで、息も少々上がっています。
従僕たちが慌ててタオルを持ってきて拭いていますが、ダルツォの足元には水たまりができています。
この雨の中を急いで帰ってきたのがわかります。
あまりに突然だったので、ダルツォが現れたことに誰もがびっくりしています。
「父上、まずは人々の避難を。堤防や稲の対策はそのあとです。水が多すぎます。このままでは、村の人々が」
「ダルツォ? お前、今まで一体どこに……。 村の人々……?」
「堤防はもうだめです。補強作業をしている人々を止めないと、人命が失われる!」
「あ、……ああ!」
挨拶する間もなく、強い口調で主張するダルツォの意図を汲んで、ノロムワが動き始めます。
ダルツォは、地図の前に立つと、赤いインクのペンを手に取り、越水が起こっている丸印の上から二つバツを書きました。
「……村人たちは、今この二か所で作業をしている。だがあんなペースでは堤防の補強は追いつかない。決壊するのは時間の問題だ。渋るだろうが、無理やりにでも避難させなければ、彼らの命はない。」
大臣たちも黙ってダルツォの話に耳を傾けます。
「特に危険なのは大きく内側にカーブしているほうだ。本流に水が集まりすぎて、上流からくる水と、下流に流れることができなかった水がせめぎあって越水の量も他の比ではない。」
王様も黙って聞いていましたが、驚きでいっぱいです。
ツォはどうしてこんなに詳しく知っているのでしょう? どうして今帰ってきたのでしょう?
「町は大丈夫でしょう。越水から堤防が壊れて水が水田に流れ込めば、町側に水が超えることは無い」
「わかった。早急に兵を向かわせよう。万全の準備をさせて」
ノロムワが近衛兵長に指示を出します。早馬が用意され、兵士数人が早速出ていきました。
雨の中を馬で駆けるのだって危険が伴いますが、とにかく急がなくてはいけません。
「水田はもとより、西側の集落はまもなく水につかるでしょう。ここの住人も全員避難させた方がいい。避難所を作って、しばらくそこで暮らせるようにしなくては」
ダルツォの指示で村人たちを非難させるための部隊が組まれ、第一陣が村人の避難誘導のために現地に向かいました。
さらに高台にテントを張って避難所とすることが決まり、すでに浸水している地域で使えるようにボートの手配もされます。
さっきまでの混乱が噓の様に、全員が一つの目的に向かって動き始めました。
「……まるで見てきたようだな」
方針が決まってほっとしたのか、ノロムワがずぶぬれの息子にかけた声は大分落ち着きを取り戻したものでした。地図から目を離さないまま、ダルツォはノロムワに答えます。
「ええ。見てきましたから」
「見てきた、だと?」
「ええ。」
それ以上、ダルツォは何も言いませんでした。
でも本当に、村を見てきたのでしょう。ずぶぬれなのも、息を切らしてきたことも、それで合点がいきます。
昔からそうでした。
王様のピンチの時には、たいていダルツォが駆けつけてくれるのです。
最善の策を持って。
「やっぱツォは、すげぇなぁ」
みんなが動き出し、一人何もすることがない王様は独り言ちます。
言われてみればその通り。
堤防の補強より、稲の心配より、優先しなくてはいけないことがありました。
みんなの命です。
こんなんじゃ、ただの食い意地のはった小僧だと思われても仕方がありません。
ダルツォは、着替えもそこそこに指揮を執り始めました。そばにはモーロンがいて、パタパタと人と人の間を行ったり来たりしては指示を伝えていきます。
(ツォが王様になれば、モーロンの気苦労も少しは減るんだろうな)
王様は二人を見ながらそんなことを思いました。
おや? モーロンとダルツォが何か言い合いを始めたようです。
珍しいことです。モーロンがダルツォと言い争うなんて。
やがて、しびれを切らしたようにモーロンを押しのけると、ダルツォは王様へ向かって歩き出しました。
モーロンが慌てて追い縋って止めようとします。
「ダメです! ダメ! 絶対だめです!」
モーロンが金切り声を上げます。
「ダメじゃない。これはあいつにしかできない事だ」
ダルツォは取り合いません。
「そんな危険なこと!」
「危険じゃない。 俺が守る」
ダルツォは王様の前まで来ると、
「セシャ、村へ行くぞ」
ずっと行方知れずだった王様の英雄は、今回も王様が一番望んでいることを提案するのでした。




