7 王様が守りたいものとみんなが守りたいもの
会議室では、宰相のノロムワを筆頭に、農林大臣、防衛大臣、近衛隊長ほか、各部署の大臣たちがすでにそろって円卓を囲んでいました。
囲んではいますが、座っている者は誰もいません。
次々に来る報告、飛ばされる指示、混乱した情報の精査。
円卓に広げられた地図に慌ただしくそれらが書き込まれていきます。
円卓から少し離れた位置に、王様の座るべき椅子がありました。モーロンが横に控えています。
王様は慌ただしさを避けて椅子に座ります。
黙ったまま報告を受けるノロムワを中心に、大臣たちは意見を交わしあっています。分厚い本が開かれ、様々な紙の資料も散乱しています。
「……どういう状況?」
一人ついていけない王様は、隣に控えるモーロンにこそこそと尋ねます。
「……越水が始まっているようです」
「えっすい?」
「……」
王様このヤロウ。
と心の声がわかりやすくモーロンの顔に出ています。
きっと王様なら知らなければいけない単語なのでしょう。
「増水した水が堤防を越えて、溢れてしまっているのです。堤防はまだ持っているようですが、これが続けば壊れるのも時間の問題かと」
「そんな……」
地図を見ると、赤い印が三か所書き込まれています。
おそらくそこが越水が起こっている箇所でしょう。
その印の先にあるのは、植え付けたばかりのまだ細い稲あるが水田です。
水を効率よく引き込めるように、低いところに作られるのが水田ですが、もし堤防が壊れたら、ひとたまりもありません。
「補強できないのかっ?」
みんなで苦労して植え付けた稲です。このままじっと指をくわえてみているなんてできません。
「今、村人たちが総出で補強をしているそうです。でも……」
総出で補強。
王様の目にありありと浮かびます。
村長のヒタや、その息子のニトイが、土砂降りの中、村のみんなと必死に土や石を運ぶ姿が。
王様だって、今すぐ駆けつけたくてたまりません。
みんなと一緒に、水田を守る手伝いが出来たら……!
大臣たちの話では、山頂で大量の雨が降ったのだろうということでした。
確かに、今日は昼過ぎから山の方で雷が鳴っていました。
お城のある山のふもとでは、雨は降っていてもそこまで激しくはなかったのですが、上流で短い時間に大量に降った雨が、一気に流れてきたようです。
もはや川が溢れるのは時間の問題。
今は被害を最小限にするための対策が話し合われています。
王様は、稲が心配でたまりません。
みんなで何日もかけて丁寧に植えた稲です。
村の人たちの想いが詰まっていることを良く知っています。
でも、どうしたらいいのかがわかりません。
「このまま合流点の内側に水を貯めていこう」
ずっと黙ったまま、みんなの話を聞いていたノロムワが言いました。
「越水が起きているのは、ちょうど二つの川の合流点の内側だ。水田に水を流し込めば……」
「そんな! そんなことをしたら稲が!!」
思わず王様が割って入ります。
「稲? 稲がなんだというのです」
王様の存在に今やっと気が付いたというように、邪魔をするなと言いたげなノロムワの低い声が返ってきます。
「今みんなが補強してるんだろ? それを無駄にする気か?!」
「仕方がありません。下手に補強して、対岸が溢れたりしたら町が浸水する」
「水田はどうなってもいいていうのか!」
「町には人が多い。重要な施設もある。優先順位の問題だ!」
「水田は重要じゃないっていうのかよ!」
「水田がなんだというのだ!」
「稲がダメになる! 米が、新米が取れなくなる!」
「なっ! こんな時に食料の心配か!」
「ちがっ、食料の心配じゃ……」
そこでようやく、王様は気が付きます。
今この場にいる全員の視線が自分に向けられていることに。
そして、その全員が、この非常時に食べることしか考えてないのかとあきれているのだということを。
それははっきりと心外です。
ここにいる誰も知りませんが、王様は知っています。
村の人たちが、汗と泥にまみれて苦労して植えた稲をどれだけ大切に思っているのかを。
王様は、今伝えなくてはいけません。
王様が守りたいものが何かということを。
でも王様にはわかりません。
一体どう伝えたらいいのでしょう?
言葉を返せないまま、時間だけが過ぎていきます。
ノロムワも、何を待っているのか、こちらをじっと睨みつけたまま口を開こうとしません。
王様は焦ります。
こんなことをしている時間はないのに……。
「人命の救助を最優先に」
唐突に、思わぬ方向から声が上がりました。
その場の全員が声の主を見ます。
開かれた扉に片手をかけて、肩で息をしながらそこにいたのは黒い髪。翡翠色の瞳。
「お前……!」
ノロムワが驚いて声を上げます。
ダルツォが、帰ってきたのです。




