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王様の心得  作者: 和知湖
1章
6/20

5 王様の憂さ晴らし

 例年通りなら、あと数日で雨季も終わろうかという時期になりました。

 川の水は増水していますが、あふれるほどではありません。

 このまま、どんよりしとしとの天気のまま雨季があけてくれれば、無事に夏を迎えることができるでしょう。

 


 思うように外に出られない王様は、せめて体を動かそうと鍛錬場にやってきました。

 素顔のまま出ようとしたところをモーロンに止められ、しぶしぶマスクをつけての登場です。

鍛錬場はいろいろな身分の兵士が集まる場所。

もう少し気を遣え!

と、言うようなことを、しかめっ面の丁寧な口調でアドバイスされました。

 

 城の中には、雨でも使えるように屋内型の鍛錬場が作られています。

 鍛錬場の手前には武器庫が供えられていて、有事に素早く対応できるように、ウルエの国独特の長盾と長剣がずらりと並んでいます。

王様はその整然とした武器庫に来ると身が引き締まる思いがします。

 

 ウルエの国では、戦争は起こりません。

 少なくとも、自国からは仕掛けません。

 遠い昔、ウルエの国ができる前に、シャードの木とそう約束したからです。

動く木とも死者の木とも、いわれるその木との約束の伝承は、国章の中にも刻まれています。

 太い幹に大きく広がった枝葉が空へ向かって力強く伸びていく様子は、争いを治め、決して交わることのない天と地を継なぐ役割を果たしていると言います。


 この国では子どもでも知っている当たり前にある物語で、子どもがけんかを始めると、大人たちは決まってこう言うのです。

 争いをやめないと、シャードの木が来て喰われるぞと。


 とはいえ、よその国がその約束を守るとは限りませんので、国を守り己を研鑽するために備えることは必要なこととされています。



 薄暗い武器庫を抜け、明るい鍛錬場に入ると、屈強な男たちが鍛錬に励んでいるのが見えました。その中に、王様はさりげなく混ざっていきます。

 どうやら模擬試合が行われているようです。

 みんな試合に夢中で王様には気が付きません。


 中心で若手の兵たちを相手にしているのは、この国の宰相を務めるノロムワです。

 刃をつぶした練習用の剣で、一対一の模擬試合をしています。

 がむしゃらに突っ込んでくる若者の斬撃をくるりといなし、力任せに振り降ろされた刃をその勢いを利用して逸らします。

 バランスを崩した若い兵はその勢いのまま、顔面から地面に突っ込んでしまいました。

 受け身すら取れなかった若い兵は、だらだらと鼻血を流しながら、まいりましたと降参します。


 「次!」

 「はい! おねがいします!」


 相手には事欠かないようですね。

 若手が次々に挑んでいっては、力の差に打ちひしがれて交代していきます。

 

「次!」

 「はい!」


 王様が元気よく進み出ました。


 「……セシャード王」


 周りの兵たちがざわめきます。

 いつの間に紛れ込んだのか、誰も気が付きませんでした。

 兵士たちが慌てて距離をとり令をします。

 内心面白くない王様ですが、さすがに最近は慣れてきました。

 若手の兵士たちにとってはたまったものではありません。自分たちがお守りすべき人、それも最上位のお方が突然現れたのですから。

 

 王様は、そんなことは気にせずノロムワに向き合い、準備運動をはじめます。マスクが邪魔ですが、人前では必ずつけるようにと厳しく言われているので仕方がありません。

 これも自由時間のためです。


 「また抜け出してきたのか」

 「モーロンの許可はとったよ、ノロムワ叔父さん」

 「……その呼び方は、この場にふさわしくないかと」

 「……手合わせ願えるか? ノロムワ」

 

 ノロムワは宰相という地位にいますが、誰よりも王のそばで仕えることを自らの使命としているため、自ら王を守れるようにと鍛錬にも余念がありません。


 あ、この場合の王というのは、前王様のことです。

 ノロムワは前王様の時からの宰相で、セシャードが王様になってからも、変わらぬ忠誠を示してくれています。


 そしてノロムワ叔父さんは前王様の弟で、ダルツォの父親です。


 王様は、叔父さんが国を治めりゃいいのに、とずっと思っています。人望の厚さも、己を律する清廉さも、王になるのにふさわしいと心底思うからです。

 でもノロムワ叔父さんは決してそうしようとしません。

この国は、どうしてこんなにも王位につきたがらない人ばかりなのでしょうね。


 王様の、言い出したら聞かない性格をよく知っているノロムワ叔父さんは、大きなため息をつくと、あきれた顔をしながらも構えました。

 王様も、ニコニコと真ん中へ進み出ます。 


 はじめ! の号令とともにふんわりとした雰囲気は霧散しました。

 王様は、先手必勝! とばかりに若者らしく突っ込んでいきます。

 他の若い兵士と同様、次々に打ち込まれる剣をその勢いをそらしながらノロムワは躱していきます。

 だた彼らと違うのは、王様の場合、躱されても体勢を崩すことなく喰らいついていくのです。なんども何度も。

 王様、あきらめの悪い性格なんです。


 何度その切り結びが続いたでしょうか、王様が少々息切れがしてきた頃、おもむろに距離をとり、まっすぐにノロムワを見つめたまま呼吸を整えます。

 対してノロムワは涼しい顔……いえ、よく見ると、額から汗が流れ始めています。


 一息。

 ひゅっと息を吸うと、王様はそのまま一気に間合いを詰めていきます。

 ノロムワは今度はよけません。その衝撃に備えるべく後ろ足を引き低く構えます。

 ガギン!

 激しく金属が衝突する音とともに、剣と剣がぶつかり合い、そのまま鍔で競り合います。 徐々に王様が上から押さえつけ、力任せにぐいぐいと押していきます。低い姿勢でこらえるノロムワ。

 しばしの膠着状態に、ギャラリーがどよめきます。

 王様はさらに押し込み、ノロムワが体勢を保っていられないほど抑え込んだ! と確信すると、その力を逃がすように反転し、ノロムワの後ろへ回り込みます。

 低い姿勢で受け続けたノロムワは、すぐには反応できないはず。

 

 とった!

 

 そのまま後ろから、ノロムワの首めがけて剣を振りぬ……けませんでした。


 気が付けば、王様の喉仏にノロムワの剣の切っ先が触れんばかりに届いています。

 王様は剣を振り上げた格好のまま、自分の体がそれ以上前に進まないことに全筋力を集中させました。

 そうしないと、ノロムワの剣が王様の喉を貫くからです。

 もちろん、練習用の刃のつぶれた剣ですから、実際には大けがはしないのですけれど。


 冷汗が額をつぅっと伝っていきました。

 今度は静寂が場を支配します。


 「……まいりました」

 

 かすれた声で王様がそう告げると、ノロムワ叔父さんはフンッと鼻を鳴らして、剣を収めました。

 わっとギャラリーが歓声を上げます。

 力が抜けてみっともなく尻もちをついた王様は、その体勢のまま、若い兵士に囲まれながら去っていく叔父さんを見送りました。模擬試合は終了のようです。

 近衛兵長が近づいてきて、水と手拭いを王様に差し出します。


 「いやぁ、面白い試合でした」

 「……お世辞はいいよ」

 「いやいや、その若さでノロムワ宰相に膝をつかせられるのは、あなた様くらいのもんです」

 「ふーん」

 

 王様はつまらなそうに返事を返します。


 お勉強は苦手な王様ですが、剣術の稽古は昔から大好きでした。

 この国一番と謳われるノロムワ叔父さんに勝つこと。それは王様の悲願です。

 命令すれば、いつでも叔父さんと試合ができるところは、王様が王様になってよかったと思うことの一つでした。


 日課の素振りを今日からもう100回増やそう。

 モーロンが聞いたら激怒しそうな決意を、王様は胸の内でするのでした。


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