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王様の心得  作者: 和知湖
1章
5/20

4 王様はちょっと困っています

 いつも平和なウルエの国ですが、ちょっと心配な季節があります。

 雨の季節です。


 降り注ぐ雨は、この国の大地に浸み込んで豊かな恵みをもたらしてくれる大切な存在ですが、時々、大暴れすることもあります。

 川に収まりきらなくなった水があふれて、洪水を起こすのです。

 一度あふれ出すと被害は甚大です。田んぼを飲み込み、畑も飲み込み、時には家々も流してしまいます。

 そこまで大きな被害をもたらすことはたまにしかありませんが、川のそばにはいくつかの見張り台が設けられていて、異変があったらすぐに連絡できるようになっています。

 

 その見張り台の上に立ち、王様は、今は平和な川と水田をながめています。

 雨の季節を象徴するような曇り空です。

根付き始めたまだ細い稲が一面に植わっています。

 こないだ手伝ったのはあの辺だったかな? と眺めながら、田植えが順調に終わっていることに王様はうれしくなりました。

 村の人々のおかげで、毎年秋にはおいしい新米が食べられるのですから。


 今日はお城を抜け出したわけではありません。

 ちゃんとした公務で来ています。

 その証拠に、服装や髪型だって王様仕様。

 ちゃんと王様らしく、手の込んだ騎馬服に重厚なマントを着ています。


 マントには、国旗に使われる国章が描かれています。

 ウルエの国の国章は伝承にあるシャードの木の巨木です。

 太い幹に大きく広がった枝葉が空へ向かって力強く伸びています。

 伝承のシャードの木は恐れの対象ですが、愚かな争いを起こさないようにするための戒めでもあります。


 髪は撫で付けられ、目元から下を重厚な布でできたマスクで隠し、目元にはお化粧が施されました。

 従者を従え、近衛兵に守られながら堂々と歩く姿は本当にこの国を治める王のようです。

 ……もちろん、本当に王様なんですけどね。



 雨が降ると王様はお城から抜け出すことができません。

 しぶしぶお城で執務にいそしんでいましたが、じっとしているのが苦手な王様のことです。

 イライラそわそわし始めた王様の様子を見て、このままではまたよからぬことを考えだしかねないと、モーロンが先手を打って今日は気分転換もかねて視察に出ることになったのです。

 ちなみに、どうやら王様が城を抜け出すのは雨の降らない晴れた日だけだとモーロンは薄々気が付いていますが、その理由にまではまだたどり着けていません。


 視察の目的は、稲作の過程を知ることと、河川を見守る兵士たちのねぎらいだそうです。

 国の一大産業である稲作について、現場のこともちゃんと知ってこい!というのが宰相の狙いで、宰相から命じられた農林大臣から説明を受けます。

 田んぼへの水入れや田植えの時期、果ては輸出量や海外での評判について。

 でも、抜け出すたびに農業を手伝っている王様には、今更そんな話、何も面白くありません。

 そんなこととは知らない大臣は嬉々としてしゃべり続けますが、王様の耳には右から左で完全に聞き流しています。


 (お!)

 王様は、実演と称して実際の作業をしてくれている村人の一人に目を向けました。

 ニトイです。

 他にも見知った顔がちらほらとみられ、何人かはこちらの様子をうかがっているようです。

 王様はマスクの下で笑って手を小さく振りますが、誰も気づかず、ふいっと自分の作業に戻ってしまいました。

 目が合ったような気がしたんですけどね。


 王様は当たり前か、とがっかり。

 上げた手も所在がなくなってしまいました。

 やっぱり、王様なんてつまらない。

 いつものように、農作業を手伝わせてもらうほうがよっぽど面白いのに。


 雨季が終わって秘密の抜け道が通れるようになったら、すぐに様子を見にこよう。

 そのころには、強い太陽の日差しが稲をぐんぐん大きく育てているはずです。

 同時に雑草も育っているでしょうから、草むしりを手伝うのもいいかもしれません。

 そのためにも、この雨季が無事に終わりますように。


 王様は見張り台の上から、今にも降り出しそうな厚い雲に向かってそっと祈りました。



 お城へ帰ると、王様はモーロンがお茶の支度をしているすきをついて、いつものようにこそこそと抜け出しました。

 いつの間にか、外は土砂降りの雨です。


 王様の部屋には、緊急の時に使われる秘密の抜け穴があって、裏山へ逃げられるようになっています。

 秘密とは言っていますが、多くの者が知っているわけではないだけで、モーロンはじめ宰相や大臣たちなど、国の偉い人たちはその存在を知っています。


 王様の悪知恵が本領を発揮するのはここからで、途中、地下についたところで王様は別のルートを発見しました。

 地下水路です。

 地下には水路が通っていて、城下町まで通じています。この水路は山からの川の流れを引き込んだもので、真夏でも冷たく、飲んだり料理をしたりするには最高のおいしい水です。

 王様はこの水路を泳いで外へ抜け出しているのです。

 泳ぎ出た先には、少々の水では濡れないように皮袋に包んだ着替えを常備し、帰りは水路を遡れるようにこっそりロープまで張っている周到さで、さすがのモーロンもこの暗くて冷たい水路をまさか泳いで出て行っているとは考え付かないようです。

 王様、お勉強はからっきしですが、体力だけは自信があります。


 残念なことに、その水路は雨季は使えません。

 雨が降ると水位が上がって、水路の天井すれすれまでいっぱいになるからです。

 まだ誰にも気づかれていない秘密の抜け道ですが、さすがの王様も、息継ぎができなければ外まで泳ぎ切れません。

 出口に隠している着替えもびしょ濡れになっていることでしょう。

 やっぱりだめか。とため息をつくと、王様は何食わぬ顔をして執務室へ戻るのでした。


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