1 王様と田んぼ
今日も平和なウルエの国。
王様は今日もお城を抜け出し、村の農作業に精を出しています。
日中は汗ばむ位のぽかぽか陽気。
今は稲の苗を植え付ける絶好の季節です。
裸足の足に、田んぼの土がひんやりと気持ちよく感じられます。
にゅるりとした土の中を移動するのは大変ですが、王様はようやく慣れてきたところ。
腰に差した稲の苗を慣れない手つきで数本とると、届く範囲の土の中に植え付けていきます。
「おーい、セシャ! 休憩にしないかー?」
しばらくして、かごいっぱいのおにぎりと飲み物を持った村長さんが王様に声を掛けます。
「やった!」
田んぼの真ん中で、泥の付いた手で汗をぬぐいながら王様が返事をします。
おやおや、顔に泥が付いてしまいましたよ?
王様は転ばないように慎重に、畦まで戻ってきました。
側の湧き水で手を洗い、畦の木陰に座り込むと、出されたおにぎりにかぶりつきます。
「ん~うまっ!」
具のないシンプルなおにぎりですが、絶妙な塩加減と握り加減。王様は一息に3つも平らげました。
その食べっぷりを見て、遠巻きに見ていた若い娘さんたちがくすくすと笑います
「あ、セシャ! 俺のも残しとけよ!」
駆け寄ってきたのはニトイ。村長さんの息子です。
手を洗うのもそこそこにおにぎりを手に取り、王様の隣に腰掛けました。
ニトイは村で一番王様と仲良しです。
後から来た同じく泥だらけの若者たちも、王様に食べられてしまう前にと参戦します。
その様子を村長さんがにこにこと眩しそうに見ています。
少し離れた水田では、若い娘さんたちが田植え歌を歌いながら植え付け中です。
讃えましょう 大地を
祈りましょう 光に
めぐる水の流れの中に
見つけましょう 幸せを
等しく生きる草木とともに
つなぎましょう 生命を
わたしの願う幸せは
はぐくむ小さな命とともに
重なって響く歌声が、雲一つない青空へ吸い込まれていきます。
平和だなぁ。
と、木漏れ日越しに空を見上げた王様は思います。
人心地つくと、王様はニトイと午後の作業について相談しあいます。
「これ食ったら、あっちの畑耕そうぜ」
「うん。」
「そろそろ野菜を植える準備もしないとな」
「うへぇ。野菜かぁ」
「はは! お前いい加減肉ばっか食うのやめろー」
「魚も好きだよ」
王様は野菜が苦手なんですね。
若者同士、話は弾みます。食べ物の話、気になる女の子の話、最近あった面白話。
尽きることがありません。
午後になって。
雲一つない空の下、王様は今度は畑を耕し始めました。
鍬を一振りするたびに、ゴツン、ガツンと石にぶつかります。
今年開墾したばかりなので、まだまだ地中に石や木の根っこがたくさんあるのです。
それを一つ一つ取り除いていかなくてはなりません。
汗にまみれ、泥にまみれ、とても大変な作業です。
……とても王様と呼ばれる人がやる仕事ではありませんね。
ニトイと二人、もくもくと耕していると、離れたところから王様に声が掛かりました。
「セシャ! ちょっと手伝ってくれないか」
そちらへ向かうと、数人の村の男たちが、大きな穴を囲んで何やら相談をしていました。
どうやら、切り株を取り除こうとしているのですが、思ったよりも根が深く、なかなか掘り出せないでいるようです。
「去年、木材にするために切ったんだ。一年たったし、幹の太さからすると、ここまで根が張っているとは思わなかったんだがなぁ」
「お前たちも手伝ってくれ」
まかせとけ! と王様はニトイとともに力こぶを作って応えます。
もとはまっすぐに生えた加工のしやすい針葉樹だったのでしょう。
綺麗な年輪の切り株の周りに深く掘られた穴に飛び降りると、先にいた三人の男たちに混ざって、先のとがった太い木の棒を木の根深く差し込みます。
息を合わせながら、てこの原理で、ふんっ! と力を入れると、メリメリと音を立てながら木の根が少しずつ浮いてきます。
「いいぞ! もう少しだ!」
周りの声に励まされ、王様がうなりながら真っ赤な顔をしてさらに力を込めていくと———ぶちん! と大きな音を立てて、切り株が真上に吹っ飛びました!
「うぉ!」
「あぶねぇ!」
勢い余って飛んできた切り株を、人々が慌てて避けます。
どすん!
かすめるようにして落ちてきた切り株を前に、腰を抜かした人もいましたが、どうやらけが人は出なかったようです。
王様もびっくり、肝を冷やしました。
驚きがおさまると、見ていた村人たちはわっと歓声を上げました。
王様たちは穴の中でにっこり笑ってその歓声にこたえます。
落ちてきた切り株は、株の下に太い根っこががっちりついていました。ちぎれて残った根がまだ土の中に見えます。
どうりでびくともしなかったわけです。
「はぁ。つかれた~」
「やったな、セシャ」
ニトイが上げた手に向かって、王様は小気味よい音を立ててハイタッチをしました。
みんなと協力しながら田畑を耕す、この一体感が、王様は大好きです。
あ、彼が王様であることは、誰も知りません。
……知らないはずです。
誰も彼のことを王様なんて呼ばないし、普通王様にするような恭しい態度も全く見られません。みんな村の若者と同じように扱います。
実際王様は、まだまだ若者ですしね。
でも王様はそれがうれしくて、居心地がよくて、ずっとこうしていたいと思っています。
本当は王様なんてやめてしまいたいと。
でももちろんそんな願いは叶うはずもなく、せめてもの息抜きにと、王様は今日もこっそりとウルエの国の土地を耕すのでした。




