表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王様の心得  作者: 和知湖
1章
15/20

幕間2 ニトイと王様

雪解けが始まって、春の恵みの山菜たちが顔を出し始めたころ。

 セシャがやってきた。


 雪解けでぬかるんだ土で足を泥だらけにして。

 水がブーツにしみてるんだろう。

 少し凍えてる。


 俺は笑った。

 田んぼの作業をしてるわけでもないのに、もう泥だらけ。

 どんだけ泥好きなんだ!


 「だって!」


 あんなにぬかるんでると思わなかったんだ!

 と泣きそうだ。

 冬の終わり、春先のぬかるみを知らないなんて、おめでたいことだ。


 俺は家に連れて帰って、拭うためのお湯をもらおうと母さんに声をかけた。

 快くお湯を用意してくれた母さんだったけど、


 「……!」


 セシャを見て、母さんが固まった。

 僅かに動揺している。

 

 「どうした?」


 奥から出てきた父さんも、

 

 「……」


 セシャを見て変な沈黙を作る。


 でも気を取り直すと、父さんは母さんからお湯の入った桶を抜き取り、俺に渡してきた。


 「雪解けとはいえ、まだまだ寒い。早く拭いてあげなさい」


 なんだ? 今の空気。

 妙に思ったけど、俺は凍えるセシャの足を暖炉のそばで拭いてやる。

 父さんは、動揺した母さんを隣の部屋へ連れてった。

 セシャは寒くてそれどころではないらしい。

 必死に暖炉の火に手と足をかざしている。


 もう少し地面が乾いてからくるように。

 父さんにそう言われ、セシャはうなずいて帰っていった。

 乾かしたブーツは、このぬかるみではまた水がしみるだろうけどな。

 また泥だらけになるセシャを想像して、思わず出た笑いをかみ殺しながら送り出し部屋へ戻ると……


 「ニトイ、話がある」


 父さんに呼び止められた。


 セシャが、セシャード王なのだと言われた。


 「はぁ?」


 何言ってんだ。あんな奴が王様なわけねぇだろ。

 泥だらけになって一緒に雑草とってるんだぞ。

 夏なんか、足に付いたヒルにビビって、この世の終わりのような悲鳴を上げてたんだぞ。

 今だって!

 そんな奴が、王様……?


 次来たら、なんて声かけよう。

 いや、そもそももう来ないかも……


 雪が完全に溶けて、春を知らせる花たちが咲き誇っても、セシャは来なかった。



 田植えの準備は、雪解けとともに始まる。

 

 水田を耕し、水が漏れすぎないように畦を整え、モグラの開けた穴も埋めていく。

 温かくなれば苗の準備。

 種もみから発芽させ、植え付けるサイズまで育てる。

 やることは満載だ。


 俺もロナもサロナも、手慣れた作業をこなしていく。

 時々思い出す。

 無駄にさわやかな金髪のあいつに、やらせたい作業がたくさんあった。

 きっと、目を輝かせて自ら泥に突っ込んでいくに違いない。

 ヒルにビビり、モグラの穴埋めに躍起になり、飛び出すカエルに悲鳴をあげる。

 そんな春を、俺は勝手に想像してた。



 一回だけ、王様のあいつを見かけたことがある。

 父さんに連れられて牛の買い付けに城下町に行った時だ。

 何をしていたのかはわからないけど、いかつい近衛兵に囲まれて教会の誰かと話してた。

 いや、直接話をしていたのは、王様の従者だったけど。

 父さんに教えられたからわかったけど、知らずに見かけたら俺は気が付けなかったと思う。

 そこにいたのは、俺が知ってるセシャじゃなかった。

 見た目も、言葉遣いも違う。

 顔だって変なマスクで隠れてる。

 なんだか偉そうで、無口で、泥まみれになんかなってなくて……。


 ただ、教会から出てきた小さな女の子が差し出した歓迎の小さな花束。

 それを受け取るときの顔は間違いなくセシャだった。

 離れていても、マスクで顔が隠れていてもわかった。

 しゃがんで、女の子に目線を合わせた時の嬉しそうな顔。

あの目は、炊きたての米のおにぎりを受け取った時とおんなじだ。


 なんだよ。

 思い出すたび、なんとなく置いて行かれたような気持になって、俺は不貞腐れながら苗の世話をする。

 ほんとにちゃんと王様じゃねぇか。


 前王様たちが亡くなって、セシャが王様になったんだから、もうここに来られないのは当然だ。

 春先に凍えながら来たのは、もしかしたらお別れを言うつもりだったのかもしれない。


 「あーあ。俺、父さんの言いつけ守ったのになぁ」


 思わず言葉が漏れる。


 いい思い出だ、と思うことにする。

 俺なんかが一生縁のないはずの王様と、ほんのひと時一緒に過ごしたことは。

 ロナやサロナと、時々酒の肴に思い出しながら、俺はここで生きていく。

 うまい米を作ったら、王様も俺のことを時々思い出してくれるかも……なんて。

 そんなことはあり得ない。

 そう。

 所詮俺は、ただの農民だ。



 「で? お前はなんでここにいるんだよっ!」

 「ん?」


 水田に水が張られる頃、なぜかヤツがいた。

両手に握り飯をもって、口いっぱいほおばるセシャに俺は苛立ちが収まらない。


 「ふぉろふぉろふえふえほひひはっへひいはんら」


 「おい! 口にもの入れたまましゃべんな!」


 苗が育ち、明日から植え付けが始まるというその日。

 こいつはふらっとやってきた。

 何事もなかったように手伝い始める。

 そしてちゃっかりおやつを食べる。

 泥だらけになってもぐらの掘った穴を埋めて、時々足元をおびえたようにきょろきょろ見回す。

あれたぶん、ヒルを警戒してるんだろう。

 見た目がいいのに、ちょっと残念ね、と、村の女子どもが言ってるのを聞いた。

 いつだったか俺が想像していた春がやってきていた。

 

 ……王様って、暇なのか?


 いや。

 以前の様に毎日は来なくなった。

 なんとなく疲れたような顔をしている時もある。

 俺たちとじゃれてるだけじゃなく、父さんたちの話を遠巻きに聞いてる時もある。

 

 セシャの素性を大人たちもなんとなく知ってるらしい。

 でも、みんな黙って受け入れたみたいだ。

 だから俺も、父さんの忠告を守る。

 セシャに家族の話やどこから来たのかなんて聞かない。

 セシャも何も話さない。

 ただ、俺たちと稲作を楽しむ。


 そう。楽しむんだ、こいつは。

 俺が嫌々やっていたことを。

 こんな楽しいことはないというように。

 影響されて、俺たちも楽しむようになった。

 嫌々やらされていた稲作は、俺の中でちゃんと人に教えられるくらいになってたんだと知った。

 何より、こいつのためにうまい米を作ろうと思うようになった。


 お前のためにとは言わないけれど、世界一うまい米を作りたいと話したら、セシャは笑ってこう言った。


 「お前ならできるよ」


その顔つきが大人びて見えて、ああ、こいつは本当に王様なんだと実感した。

王様にそう言ってもらえたことが誇らしく思えた。

 だからあの水害から、なんとしても稲を守りたかった。

 でも、王様が言ったんだ。

 避難を、って。


 俺たちはたぶん、命を失うところだったんだと思う。

 そのことに気が付かせてくれた。


 俺たちは、王様の言葉だから稲をあきらめたわけじゃない。

 セシャが本気で俺たちのことを思ってくれているのがわかったから従ったんだ。

 また一緒に、握り飯食べようって。

 

そんな日々ももうおしまいだ。


 昨日の暴言。家族の話に触れたこと。その素性に触れたこと。

 一緒にテントで夕飯を食べてたはずのセシャは、いつの間にか消えていた。

 きっと王様に戻ったんだろう。

 楽しかった時間は、終わったんだと思う。


 それでも、あいつがまたひょっこり姿を現すのを期待しながら、俺は米を作るよ。

 王様に満足してもらうために。

 だって、米は人を満たすもの。だろ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ