幕間1 ニトイと王様
(やっちまったぁぁぁぁぁ!)
ここは避難所のテントの中。俺は目覚めてすぐに頭を抱える。
昨日飲みすぎたわけじゃない。
やらかしたことの重大さを認識したからだ。
昨日俺は何をした? なんて言った?
めんどくさい? ばか? しかも、殴った……。あと、鼻水も付けた。
…………。
終わった。
王族、どころか現国王に対する狼藉。
俺は?
死刑?
どう考えても……詰んだ。
セシャと出会ったのは、真夏の田んぼのそばだった。
俺は田んぼの草刈り中で、毎年行われるこの作業に飽き飽きしていたし、暑さも相まって全くやる気がなかった。
「あぢぃ~」
拭っても拭っても拭いきれない汗を拭って、雑に雑草を抜いていると、唐突に声をかけられたんだ。
「なぁ。それ、食べられるのか?」
「……は?」
半眼で振り向くと、木陰に男がいた。
俺とそう年は変わらなそうな、きらきらした髪と目をした男。
このくそ暑い中涼しげな顔で、俺みたいにだらだらと汗をかいているようにも見えない。
村の女子どもが見たらキャーキャー言いそうなやつだ。
(なんかむかつく)
そいつはじっと俺の手にある雑草を見ている。
(なんだこいつ? 食うって……この雑草をか?)
俺もつられて雑草を見た……食べられないこともない、が。
いや、ないだろ。
「あー。えっと、これは食いもんじゃねぇな」
「ふーん」
ゴロンと、男は木陰に寝転がる。
いや。もともと寝転がっていたのを、俺に話しかけるために起き上がったのかもしれない。
(変な奴)
身なりはきれいだし、どことなく上品に見えるし、どこかの貴族のお坊ちゃんが散歩にでも来てるんだろう。
そう思って、ちょっと自分の服装が気になって見下ろした。
……うん。いつも通りの野良着。
自覚して思わず顔がゆがんだが、気にしないことにする。
住んでる世界が違うんだ、もう会うこともないんだから、と。
でもそれから、なぜか毎日そいつを見かけた。
木陰にいたり、木の上にいたり、用水路の水に足をつけたりしてふらふらしてる。
(いいご身分だな)
俺はしがない農民だ。
お上品なお貴族様なんかに用は無い。
今日も雑草取りと害虫駆除。
毎年毎年米を作る。
それをどこかで誰かが食べる。
今年もあと二月もすれば収穫だ。
きっと来年も作ってる。
毎年、毎年、毎年……。
ここから逃げ出したら、もっと違う何かが待ってるのかな……。
ある日、そいつがまた話しかけてきた。
「なぁ。お米って、いつできるの?」
そのあまりにものんびりした調子に、俺はなんだか苛立ちを覚える。
「……さぁ、そのうちできるんじゃないっすかぁ」
作業の手を止めずに答える。
「ふ~ん。……君は今、何をしてるの?」
「……雑草取り」
「それ、俺もやっていい?」
「はぁ?」
わかってた。こうなることはなんとなくわかってたよ。
毎日毎日見てるんだ。いつか何かしらの接触があるってわかってたよ!
お偉いさんに逆らえるはずもなく、しぶしぶ手伝わせた。
水の入った田んぼは歩きづらい。
でも、水を抜いたばかりの田んぼはもっと歩きづらい。
そいつは泥に足を取られ、何度かしりもちも付きながら、どうにかこうにか雑草取りを覚えていった。
泥だらけになったそいつは、セシャと名乗った。
セシャはちょくちょくやってきては、慣れない作業を手伝いたがった。
泥だらけのセシャ。
なんせ不慣れな作業だから、あっちこっちでコケまくる。そのたんびに泥だらけ。
俺も最初は面倒だと思っていたけど、だんだん面白くなってきた。
なにせ物覚えがいい。覚えたことを、次々自分でこなしていく。
こりゃいいや。俺の作業が楽になる。
お偉いさんの道楽に飽きるまで付き合ってやるか。
そうして俺は率先して教えるようになった。
そのうちロナとサロナも加わって、俺たちは次第にセシャが来る日を心待ちにするようになった。
水田の水が抜けて地面が乾き、稲穂が色づき始め、今年の収穫は上々だと喜び、一緒に新米を食べた。
新米を食べるセシャの顔は面白い。
目が真ん丸に見開かれ、ほおばる口はいつまでたってももぐもぐもぐもぐ動き続ける。
うまいか? と聞くと、
ん~!んん、んんん!
と、言葉にならない様子。
その顔見れば、うまいんだなって誰でもわかる。
新米は確かにうまい。
でも、こんなにうまそうに食べるやつを、俺は知らない。
俺はセシャを、仲間だと思うようになっていた。
でも、気になることもあった。
父さんに忠告されたのだ。
セシャの家庭の話に触れてはならないと。
どこから来たのか、普段何をしているのかを聞いてはならないと。
それを聞いたら、セシャはここに来なくなるらしい。
俺はその忠告を守った。
セシャが来なくなるのは嫌だったから。
収穫が終わって、冬支度に追われる頃でも、セシャは時々遊びに来た。
物珍しそうに冬支度を見てるので、俺は主に力仕事を手伝わせた。
だってばか力だったから。
そして改めて感じた。
ああ、こいつは冬支度を自分でする必要のない身分のやつなんだなと。
雪に覆われるようになるとさすがに来なくなった。
そりゃそうだ。
ウルエの雪は深い。
わざわざ来るようなこともない。
そうこうしているうちに、国中に訃報が届いた。
ドナ王とショルナ王妃が亡くなったのだ。
王と王妃が同じ時期に亡くなるなんて普通じゃない。
そうは思うけど、俺には関係のない話だ。
ひと月くらいあとで、新しい王様のお披露目があったり、父さんと母さんが村を代表して祝辞を述べに行ったりと騒がしかったのを覚えてる。
国は騒がしかったかもしれないけど、俺はいたって普通に冬を越した。




