12 来年の約束
山津波を防ぐ作業は、慎重に、でも大急ぎで行われました。
兵士も村人たちも総出で、みんな泥まみれです。
もちろん王様もその中に加わっています。
ただ何となく、ニトイもロナもサロナもよそよそしい感じがするのは気のせいでしょうか。
剣は、立派に杭の役割を果たしてくれました。
やわらかい土砂にするりと入り、下層のしっかりとした地面に深く刺さります。
杭を打つ場所は、ヒタが指示しました。
村長の経験は伊達ではありません。
踏みとどまっている木々の、しっかりと張った根の隙間から剣を突き刺すようにすると、木の根に補強された杭の完成です。
長年この山川と付き合ってきただけあって、最も安全で効果的な場所をしっかりと見つけてくれました。
杭になったのは剣だけではありません。
ウルエの国の大楯。その盾も、軽くて丈夫ということで杭と杭の間をふさぐ矢板の代わりに打ち込まれました。
縦の親杭に剣を、横の矢板に盾を。
盾に刻まれた国章と相まって、なんだか物々しい要塞の様な堰ができ上がりました。
仕上げはみんなが着ていたケープです。
水を逃がす道やその他の土砂の崩れやすそうなところへ縫い留めました。
流れる水で土砂が持っていかれるのを少しでも防ごうというのです。
この時王様は、まずい! と逃げ場を探しました。
ケープをもっていかれたら、ダルツォにここにいることがばれてしまいます。
ところが、雨もすっかりあがり青空ものぞいていましたので、もう着ている理由もありません。
兵士がケープを集めていきます。みんなが次々にケープを渡していきます。近くでダルツォが監督しているのも見えます。
王様は観念しました。
自分の番が来ると、潔くケープを脱ぎ、簡単にまとめると兵士にずいっと差し出します。
兵士は気づきません。王様の素顔を知りませんから。
でも、ダルツォはもちろん知っています。
何を言われるか、強制的に帰らされるのか、王様は覚悟してダルツォの言葉を待ちました。
ところが何も言わないままダルツォは行ってしまったのです。
確かに目が合い、ちょっとした沈黙と何か言いたそうな雰囲気は感じましたが、小さくため息をつくとそのまま背を向けたのです。
拍子抜けした王様でしたが、ともあれお目こぼしをもらったことをこれ幸いと、それからは堂々とニトイたちと汗を流しました。
もしかしたら、こんなことができるのは今日が最後かもしれないと思いながら。
土砂堤防の応急措置はめどが付き、このまま水が大人しく引いてくれることを祈るばかり。あとは見張りを残して様子見です。
下山中は、ニトイたちとの会話はありませんでした。
ダルツォにみつかり、ニトイたちも知っている様子。
もう、お忍びで村や町へ出かけても、気軽にセシャとは呼んでもらえないでしょう。
王様はとても寂しく思いましたが、みんなに迷惑をかけるわけにはいきません。
覚悟を決める時が来たようです。
避難所まで帰ると、モーロンが入り口のところでうろうろしているのが見えました。
きっと心配でじっとしていられなかったのでしょう。
無事であることを知らせるために、へらりと笑って手を振ります。
いち早く見つけて走り寄ろうとしたモーロンですが、つと足を止めると途中で向きを変えました。その先にはダルツォがいます。
振った手はそのまま所在がなくなりました。
自分のテントへ戻るのはなんとなく気まずく思えて、王様は迷子になったような気持ちであたりを見渡しました。
少し離れたところでニトイが高台から水田を見ているのが見えます。
視線の先の水田は残念ながら半分くらいが泥水につかっています。
ちょうど王様が植えたあたりは全滅でした。
今年の収穫は半減するでしょう。多すぎる水で、稲の病気も心配です。
厳しい一年になりそうです。
王様は、静かにニトイの横に立ちました。
ピリッと二人の間に緊張が走ります。
話しかけるのには、少し勇気が必要でした。
「ごめんな」
「……」
「稲、守れなくて」
「……」
「でも、みんなが無事でよかった」
「……」
ニトイは返事をくれません。
楽しかった自由時間はもう終わりなのだと、王様は実感しました。
寂しいですが、わかっていたことです。
仕方がありません。
「ニトイに稲作を教えてもらえてよかった。ありが……」
「あーもう!」
これを最後に立ち去ろうと、王様が最後にお礼を言おうとした時です。
ニトイが頭をガシガシとかきむしり、勢いよく立ち上がりました。
「おまえさ、ややこしいんだよ!」
正面から王様の胸に指を突き付け、どうやら怒っているようです。
「俺たち農民が一体どうやったら王様なんかと話ができるってんだよ! それなのに、お前は気安く話しかけてくるし! 一緒に握り飯とか食ってるし! 泥にまみれて稲作なんて、王様のやることじゃねえだろ!」
「ご、ごめん。」
「あやまんな! お前の立場は違うだろ!」
「あ、ごめ……」
「だからあやまんな! 農民に怒られる王様がどこにいんだよ!」
「えーと、ここ?」
「だー!! みとめんな!!」
ニトイは半狂乱です。
王様もどうしたら許してもらえるのかがわかりません。
「ばかか! ばかなのか! 立場が違う! 謝るのはお前じゃない、あやまんのは、俺たちだってのに!」
どん!と、ニトイの拳が胸に当たります。
そのまま頭は王様の胸に押し付けられ、ニトイの顔は見えなくなりました。
「うれしかったんだ。へったくそな変装してきて、一緒に飯食ったのも、一緒に稲を植えたり、畑を耕したりしたことも。俺たちの王様は、俺たちと一緒に生きてる人なんだって。だから守りたかった。あの田んぼを。一緒に収穫して、お前と新米を食いたかった。」
スビッと鼻をすする音がします。
「ごめん。守れなくて。お前が植えた稲。
でも……俺たちを、守ってくれて、ありがとう」
王様の頭の中で、あの日の出来事が一気につながりました。
今初めて気が付いたのです。あの堤防でのひと悶着は自分のためにやってくれていたのだと。
気が付いた王様は目頭が熱くなりました。
そしてますます、自分が情けなくなりました。
大切な人の大切なものを守れなかったことに。その思いに気が付けなかったことに。
ニトイを抱きしめた王様は空を見上げて涙をやり過ごします。
ふと、幼いころに聞いた昔ばなしが思い出されました。
「イージプトはネイルの賜物っていうらしいよ」
「……なんだそれ?」
ニトイが鼻声で返してくれます。
返事がもらえたことにホッとして、王様は続けます。
「昔、旅の行商人に聞いたんだ。はるか昔に砂漠にあったイージプトって国では、ネイルって名前の大きな河がながれてて、その河はよく氾濫したんだって。でも、その地に住む人々は、その氾濫を歓迎してた。氾濫した後は土が肥えて収穫が増えるから。氾濫した水が、養分をたっぷり含んだ土を持ってきてくれることを知ってたんだ。だから恐れながらも歓迎した」
「歓迎……」
「きっと今年水につかった場所は、来年収穫が増える。また植えよう。俺、手伝うから。今年の分も取り返すくらいうまい米作ろう」
「……」
来年も田植えを手伝えるかどうか、本当のところは判りません。でもそれでもそう言わずにはいられませんでした。そして、できることならそうしたいと、強く思いました。
(嘘でもいい。叶わなくても、俺は……)
「来年、な。」
ぽそっと言うと、ニトイは顔を上げ、王様を見て笑いました。
涙と鼻水でぐちょぐちょです。
「待ってるぞ、セシャ!」
「いて!」
バシッと背中をたたくと、ニトイはそのまま肩を組み王様と連れ立って歩きだしました。
いつの間にか日は沈み、夕飯の炊き出しのにおいがしてきます。
腹ペコなことを思い出した二人は、炊き出しをしているテントへ向かって歩きだしました。
お前雑草抜きも手伝えよ! 刈り取りだって大変なんだからな! あと野菜も食え! といつもと変わらないやり取りが始まります。
王様はニトイの鼻水が服に付いたことに一頻り文句を言った後、幸せな気持ちをかみしめながら村の人たちと一緒に炊き出しのおにぎりに手を伸ばすのでした。
みんなが安心して暮らせる国を守りたいと強く思いながら。




