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王様の心得  作者: 和知湖
1章
12/20

11 兵士たちの決断

目の前にある光景に人々は言葉を失い、立ち尽くしていました。


 山肌は削れ広く土がむき出しになっています。

 流れ落ちた木々や土が山間の川を堰き止め泥交じりの池を作っています。

 上流からはまだまだ多くの水が流れ落ち、進む先を失って淀んでいきます。

 かろうじて倒れずに残っている木々や大きな石に、倒木や土砂が引っ掛かり堰ができています。

 今のところまだ土砂の堰が高く水が超えるには時間がありそうですが、補強も何もないただの土の山です。しかも崩れたての。

 山津波とはよく言ったものです。

一度流れ始めたら、周りの土砂も巻き込んで一気にふもとまで下るでしょう。

 この柔らかい堰がいつ水との力比べに負けるのか、誰にも予測が付きません。


 崩れた山とは対岸の山道からこの光景を眺め、兵士も村人もその場の全員がしばらく言葉を失い立ち尽くしました。


 具体的にどうすればいいのかわからないまま状況把握という名の停滞が続いています。

 雨もやみ、薄日も射してきましたから、このままいけば水は自然と山が吸収してくれるかもしれません。

 見張りを置いて、様子を見ようというのが大半の意見です。


 指揮をとっているダルツォから距離をとりながら、王様はケープのフードを目深にかぶりこそこそと村の若者に混ざっています。

 王様はニトイに話しかけます。


 「なぁ。この土砂をうまく利用することはできないのかな?」

 「……お前はまた。今度は何をしようってんだ?」


 ここに来るまでの間、王様は一言も話さず歩いてきましたが、万が一正体がばれてももう追い返されないだろうというところへ来て、ニトイにやっと話しかけました。

 その時のニトイの驚き様と言ったら!

 セシャ! と叫びそうになるので、慌てて口を押えました。ダルツォに聞かれたらたまりません。

 しずかに! という合図をしていると、そばにいたロナとサロナにも気づかれました。

 驚いた三人は、集まって何やらしばらく相談していましたが、結局、一緒にいることを許してくれたようです。心なしか、表情が硬く笑顔が引きつって見えますが。

 王様は、あんなに驚き慌てふためくニトイの顔を見られるのなら、またどこかで同じことをしてみたいなと、いじわるなことを考えました。


 部隊の先頭にはニトイのお父さんのヒタが立ち、ダルツォと兵士たちの先導を務めました。

最後尾はニトイたち村の若者で、山道には慣れていますので兵士たちのサポートです。

経験のある村長と体力のある若者たち。ぴったりの人選だなと王様は感心しました。

 

 「あの土砂が流れたらまずいんだろ? なら、あの土砂が流れないように杭で補強しながら水を少しずつ流せたら、安全になるんじゃないか?」

 

 昨日の堤防の補強もそうですが、堤防の地盤となる深さまで杭を打ち付けその周りを土嚢で囲んで補強するのが一般的です。

ただ今回は杭を用意するのも一苦労しそうです。

ふもとからぬかるんだ山道を運び上げるのも大変ですし、山から切り出すのはどうかと提案してみましたがまだ崩れていないとはいえ、これだけ雨水を吸い込んだ山です。杭となる木を伐りだすのも、さらに杭を打ち付けるために地面を強くたたくのも、山を大きく刺激する作業になるでしょう。

 何がきっかけで水が動き出すのかわからない今、得策ではないとニトイは反論しました。

 確かに。

 と納得した王様は、腕を組んで考えます。

 様子を見るにしても、何もしないままでいるのも不安で仕方がありません。

 

 うんうんうなっているところへ、ニトイが声をかけてきました。


 「……なぁ、お前、もう帰れよ……」

 「ん?」


 見ると、ニトイは心底困ったような顔をしていました。

 

「ほら、だって、その。心配するだろ? か、家族、とか……」


 ニトイはなんだかしどろもどろです。

 王様はおや?と思いました。

 ニトイも、村の人たちも、今までセシャの家族の話に触れたことはありません。

 ふらりと来て夕方には帰っていくこの若者を、いつでも快く迎え入れ、どこから来たかすら聞かれたことがありませんでした。

 それが今、急にこの話です。

 どういう意味だろうと思って、じっとニトイを見ますが、ニトイは目を合わせてくれません。うつむき加減に、ぼそぼそと何か言っています。こっちの山も崩れるかもしれないしとか、決壊したら逃げ場が、とか。ロナとサロナは、心なしか顔が青ざめて見えました。

 

 「なぁ、ニトイ。お前……」


 何か知ってる? そう聞こうとした時です。

 いくつもの金属のこすれる音がして、

ダルツォの周りにいる兵士たちが抜刀しました。


「なっ!」

 

一体何事でしょう。

びっくりした王様は隠れていることを忘れてダルツォに駆け寄ろうとしました。

ところが王様の耳に聞こえてきたのは、


「これを使ってください! 杭の代わりに、剣を!」


剣を差し出す兵士たちの声でした。

ダルツォが襲われるわけではないようです。

王様は足を止め様子を見るために村人に紛れ込みなおしました。


集まっているのは比較的若い兵士たち。先頭にいるのは昨夜堤防の上でニトイと言い合っていたあの兵士です。

 ヒタとダルツォが王様と同じように堰を補強する方法を考えていたのでしょう。

 ただ、やはり杭を用意する方法と打ち付ける危険性について知恵を巡らせていたようです。

 

ウルエの国の兵士たちは、まず木剣から稽古を始めます。基礎ができれば短めの鉄の剣、歩兵のうちでも、腕が上がれば剣は長くなっていきます。鋼の長剣が持てたら一人前。さらに騎馬兵になれれば騎馬戦に見合ったさらに長い長剣が持てます。剣の長さは自分の能力を示すもの。国を守る兵士としての誇りでもあります。

今ここにいる兵たちは、鋼の剣をようやく手にしたばかりの若手の兵士たちですが、その兵士たちが、大切な剣を自ら杭として差し出すというのです。

 

 確かに、剣なら杭より軽くて丈夫です。しかも杭より薄く抵抗が少ないので、深く刺しこむときにもたまった土砂に与える衝撃も少なく済むでしょう。ウルエの剣は長剣です。他の国のものより長くできていることも、今この状況で求める杭としての役割にぴったりです。

 

 「お前たち……」

 ダルツォが兵士たちを見渡します。

 

 「剣は、戦うためにあるのでは?」

 この場では一番年上のヒタが言います。

 

 「ええ。そうです。剣は人を守るためにあるのです。今この剣は杭として水と戦い、人々を守る役目を果たすでしょう」

 しんがりの兵士が笑顔で返します。

 そこへニトイが焦って前に進み出ます。昨夜の言い争いを思い出したのでしょう。


 「昨日のあれは! なんていうか、売り言葉に買い言葉で……本当にそんなこと思っていたわけじゃないんだ。ごめんなさい! 剣を治めてください!」


 ニトイに気が付いた兵士が返します。


 「違うんだ。君のせいじゃない。きっかけにはなったが、違う。どちらかというと、王の言葉に胸を打たれた」


 え? 俺? と、王様は思いがけず自分が出てきてびっくりです。


 「剣は人を守るもの。米は人を満たすもの」


兵士が、差し出した剣を見つめて言いました。


「その通りだ。どちらも必要。どちらも大切。昨日は悪かった。君たちの大切な水田をないがしろにして」

「あ、いや。こちらこそ。悪かった、です。その剣で国を守ってもらってるのに。昨日だって、俺たちを助けようとしてくれてたのに」


二人はにっこり笑いました。お互いを許し合えたようです。

おいしいお米を守るために使われるのなら、この剣も本望だと。


(…かっこいいこと言ったじゃん。俺。)


王様は、一人にまにまが止まりません。

兵士は続けます。


「かくいう俺も、炊き立ての米が大好物なんだ。それに王も米が好物だと聞く。君の米も、きっと王はお喜びになっているだろう」

「あ、はい。ものすごく好きですね、特におにぎりなんかペロッとさ……っ!!」


無言でロナがニトイの頭をはたきました。

サロナが声にならない悲鳴を上げています。

ニトイは慌てたように続けます。


「……っ!ペロッと食べてくれるとうれしいなぁって、いっつも話してるんですよぉ、あはははは。でも、お、王様ですからね! お、おにぎりなんて庶民の飯を召し上がるわけないですよねぇ、あははは。」


兵士は不思議そうな顔をしながらも、きっと食べたら気に入ってくれると思うよと、ニトイを慰めてくれました。

おやおや? と王様は思います。

でも、と愛想笑いをやめたニトイが続けました。


「王様が俺たちの米を気に入ってくれるのなら、いつまででも食べていただけるようにしたいと思うんです。……今年は、ちょっと少なくなるけど……」


ちょっと照れ臭そうにそう言って、ニトイはちらっと王様に視線をやりました。

王様の心に、じんわりと温かいものが広がっていきます。

(そうか)

もうとっくにみんな知っていて、そのうえで受け入れてくれていたんだ、と。


咳払いが一つ聞こえて、ダルツォが注目を促しました。


「君たちの志はありがたい。この非常事態を乗り越えるため、その剣ありがたく使わせてもらおう」


 ダルツォの指揮の下、その場にいた兵士たちの剣が杭として集められました。

さらにふもとの兵士たちの剣も集めるよう指示が出ます。状況報告と、増援も要請されるようです。

 丸太よりはよほど運びやすく、軽くて丈夫な杭がそろい、土砂の補強作業が始まりました。


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