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王様の心得  作者: 和知湖
1章
11/20

10 村人の勇気

「もう大丈夫だ。このまま水が引いていけば、いつもの川に戻るだろう」


 ノロムワがそう言ったのは、高台に避難してから一夜明けた昼頃のことです。

 雨も小降りになり、幾分か空も明るくなってきました。


 幸い、村人は全員無事でした。

 何とか持ちこたえてくれた堤防のおかげです。

大量の水に削られているので、落ち着いたら補強工事をしなくてはなりません。


 高台に張られたテントでは全員が一夜を過ごしました。

 命は無事でも村人たちはどんよりとしています。

家は水につかり飼っていた家畜たちもどこかへ行ってしまいました。

何より流れ込んだ泥水で今年のお米の収穫は減ることが分かり切っています。

とても無事を祝う気持ちにはなれません。


そのテントのひとつに王様もいます。

避難も無事に済んだのだから帰りましょうと促すモーロンを説き伏せて、居座っているのです。

 

 上から見るとよくわかります。

越水は、水田の半分ほどを泥水につけてしまいました。

 これを植えるのにどれだけ大変な思いをしたことでしょう。

 王様も、やり切れない気持ちでいっぱいでした。


 もう一つ、王様をやり切れない気持ちにさせるのは、ダルツォの存在です。

 帰ってきてくれてうれしい反面、タイミングが悪すぎると王様は思うのです。

 (もう少し早く帰ってくれれば……)

 そう思わずにはいられません。


 そのダルツォは、ノロムワとともに村人や兵士たちに指示を出しています。

 家が浸水してしまった人たちの当面の住処や避難中のみんなの食糧などを確保しなくてはなりません。

 その手配や指示をダルツォは自らこなしていきます。

 ノロムワと相談する姿を眺めながら、王様は強く思うのです。

王にはツォがなるべきだと。


 モーロンが、指示を受けてどこかへ走っていきます。

 いつも王様に向ける眉間にしわの寄った顔ではありません。

 出される指示を聞き漏らすまいと真剣な表情です。

 もともと有能な男ですから、彼の本領を発揮して与えられた指示以上のことをこなすのでしょう。

 (モーロンの能力を生かすことは、俺にはできない)

王様は情けなすぎて小さくなってしまいました。


 こんなダメな王様を構う余裕は、今この状況ではだれにもありません。

 役立たずな王様は、せめて邪魔にならないように、用意されている椅子に座っていることにしました。簡易とはいえ、自分には不釣り合いな立派な椅子です。


 しばらくたって。

 忙しそうな人々の動きをぼんやり眺めていると、ふと、声を掛けられました。


 「あ……あの……お、王様」


 遠慮がちに声をかけてきたのは、ニトイです。

 (お! どうした?)

 一瞬、いつものように気安く返事をしようとして、思いとどまります。

 ニトイがものすごく緊張していることに気が付いたからです。

 髪を撫で付け、目元から下を布で覆った姿では、当然セシャだと気が付いてもらえるはずがありません。

 王様は仕方なく、王様らしく返事をすることにしました。


 「……何だ」


 ニトイがビクッとします。

 村人が王様に直接声をかけるなんて、普通はあり得ません。

 粗相がないかとおびえるのは当然でしょう。

 それでもニトイは、一つ深呼吸をすると意を決したように話始めました。


 「じいちゃんが、川はまたあふれるかもしれないって言ってる……言ってます」

 「……説明を」

 「えっと……この、水の引き方は、おかしいって。急激に減りすぎてる。もしかしたら、どこかで、堰が、できてるんじゃないかって」

 「堰?」


 ニトイの話はこうです。

 上流の山のどこかで、土砂崩れが起き、水を堰き止めているのではないか。一時的に水は止まっているが、その堰が増えていく水に耐え切れずに決壊したら、今よりもっと大量の水が山津波となって一気に押し寄せる。そうなれば、被害は今よりもっと甚大になる、と。


(そんな!)

 話を聞きながら王様の頭の中には山間に水が溜まっていく様子がありありと浮かびました。

 小降りになったとはいえ水源のある山はいまだに厚い雲に隠れて見えません。山頂ではどれだけの雨が降っていたのか……。


 不安そうに王様を見つめるニトイがいます。その後ろに、避難してきた人々もこちらを見ています。

王様は、立ち上がり、駆け出し、大声で叫びたい衝動に駆られました。

 マスクを投げ捨ててみんなに声をかけたいと思いました。

 (安心しろ! 俺が何とかする!)

実際そうしようと、マスクの下で大きく口を開けたのです。でも。

王様は気が付きました。村人たちのその目に宿る大きな不安の、その奥にあるわずかな期待に。


 どれだけの勇気をもってニトイが王様に声をかけてきたのかがよくわかります。

それだけみんなわかっているのです。

 今山で何が起ころうとしているのか。

 反対に、城のみんなが気が付けない危うさも。


 「……さっき、近くにいた兵士さんにも言おうとしたんだけど……その、忙しそうで取り合ってもらえなくて……昨夜、喧嘩したし……。でも、誰かに言わなくちゃ。王様なら……聞いてくれるんじゃないかって……」


 王様は、開きかけた口を閉じました。

 目を閉じ、深呼吸をします。

 今自分にできる最善は何かを考えます。

 立ち上がるために握りしめたひじ掛けから手を放し、座りなおします。

できるだけゆったりと。焦りを見せないように。

 意を決した王様は、ゆっくりと目を開きました。

 

ちょうどそこへ、忙しく駆け回っていたモーロンがやってくるのが見えました。

 村人に囲まれている王様に気が付き、何事かと思ったのでしょう。もしかしたら、王様の本性がばれたらまずいと思ったのかもしれません。

 モーロンが何か言う前に、王様は命令を出します。


 「モーロン、至急ダルツォとノロムワをここへ」

 「え?」


 強い口調で言われ、一瞬とまどったモーロンでしたが、一通りその場を見渡すと、承知いたしました、とまた駆けていきました。

 どうやら状況から察してくれたようです。


 ほどなくして、ダルツォとノロムワがやってきます。急に呼ばれていぶかしんでいるのがわかります。

 王様は、村人たちに下がるように命じました。安全な場所で休むようにと。

ただ、ニトイだけは残しました。

 

 「今の話を彼らに」


 自分で上手に説明する自信がなかったのです。それよりも、ニトイの方がうまく伝えてくれると思いました。

 指名されたニトイは目を白黒させながらも、さっきよりは流ちょうに話をしました。

 

内容を理解するにつれてダルツォとノロムワの表情が変わります。きっと王様と同じように頭の中に山の様子が浮かんできたのでしょう。

 聞き終えた二人の行動と判断は素早いものでした。

 ノロムワはあっという間に兵の配置を組みなおし山へ向かう部隊を編成します。

 ダルツォがニトイに指示をだし山の案内をしてくれる者を集めます。

 とにもかくにもまずは状況を把握しないことには始まりません。

 兵士と村の若者たちで組まれた偵察部隊が慌ただしく山へと出発したのはほんの数分後のことでした。


 ここまでくれば特に何もできることのない王様はまたぼんやりと人々を眺めながら、この親子、やっぱり最強だよなぁと思います。

指示が的確で、わかりやすく、常に冷静で。

 王様の様に感情的に動かないのでみんなも安心できるでしょう。

 やっぱり、この国の王様にふさわしいのは……。

 思いはどうしてもそこへ戻ります。


 人が動くにつれて王様の周りには誰もいなくなりました。

 周りの喧騒を横に、王様の周りだけが静かです。

 ……。

 ……。 

その時、王様は気が付いてしまったのです。


(今って、チャンスじゃね?)


王様はそわそわとあたりを伺い、誰も自分に注意を払っていないことを確かめるとそっとその場を離れました。

じっとしているのは苦手な王様のことです。

自然に出来た堰とやらや山間の小川の普段はさわさわとしか流れていないその変貌した様子など、自分の目で確かめたくて仕方がありません。

こそこそと移動し避難民のために集められた古着の中から適当なものを見作ろうと、王様はこっそり着替え、案内役を買って出てくれた村人たちに混ざりこんでしまいました!


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