9 宰相の雷声と王様の一言
外は相変わらず雨が降り続いています。
王様は、変装を済ませ急いで村まで向かいました。
騎馬に乗り、ケープのフードも目深にかぶり、いつも以上に顔は見えません。
モーロン以外にノロムワ宰相や大臣たちも、この危険な場所へ王様自らが出向くことに反対をしましたが、ダルツォはそれを無視するように強引に王様を連れ出しました。ダルツォにどんな意図があるのかはわかりませんが、もちろん王様は行きたかったので、ダルツォに乗っかって押し切ってしまいます。
さっさと進んでいく二人に、宰相も大臣も、モーロンまでもが慌ててついてきます。
当然護衛も増えますから、人数は膨れ上がり、王様を先頭に宰相、大臣、続いて兵士たちと王様の行列が出来上がりました。
城を出ると、騒ぎに気が付いた城下町の人々も何事が起ったのかと家々の窓から顔を出します。
あとから聞いたところによると、彼らの目には、普段あまり姿を現さない王様が、凛々しい姿で臣下たちを率いているように見えたそうです。
実際には、みんなが慌てて王様を追いかけていただけなんですけどね。
雨でぬかるんだ道が馬上の人々を汚します。
全速力で走らせるわけにはいきませんが、それでもできるだけ急いで馬を駆けさせました。
町を抜けて農村へ入ると人気はなくただ雨の音だけが響いていました。
家畜小屋の戸は開け放たれ空っぽになっています。
せめて動物たちが自力で逃げられるようにと飼い主が開けたのでしょう。
このあたりの人々は無事に避難をしたようです。
王様は少しほっとしました。
村を抜け水田まで来ると稲が泥水につかってしまっているのを見て王様は顔をしかめました。
堤防からあふれ出した水がちょっとした滝のようになり、盛られた土を削りながら泥水になって流れ落ちています。
越水した水は水田にたまり、堤防に近い水田はすでに池の様ようです。
人命が優先とはいえ丹精込めた稲たちです。心は痛みます。
堤防ではこの豪雨の中人どうしの言い争う声が聞こえてきます。
堤防から離れようとしない村人数人と、派遣した兵士たちが言い争っているのです。
見ると兵士にかみついているのはニトイでした。他にもいつもセシャと一緒に田植え仕事をしているロナやサロナもいます。
もう一方の越水箇所の村人たちは促されて避難を始めていましたが、こちらに残っている若者たちは避難を促す兵士の声に、耳を貸そうとしません。
「冗談じゃない! 田んぼを見捨てるなんてできるか!」
「堤防が崩れるのは時間の問題なんだ!」
「だから補強をしている! 材料も持ってきた!」
「冷静になれ! この程度の木材で収まるわけがないだろう! 稲のために死にたいのか!」
「ならあんたたちの剣でも貸してくれ! その長剣なら丈夫にできてるだろう!」
「貴様!」
どちらにも余裕がないうえに、水田と剣、お互いの大切なものをないがしろにされて頭に血が上っています。
訓練された兵士と日々の野良仕事で力自慢の若者たち。
まさに一触即発です。
これでは避難どころではありません。
王様は、声をかけようと手綱を操り前に進み出ました。
ケンカなんてしている場合ではありません。みんなの命が掛かっているのです。
そこへ、
「いい加減にせんか!!」
豪雨の音も、喧嘩の喧噪も突き破って、重く鋭い声が響き渡りました。
一瞬で全員が動きを止めます。
後ろからその声を浴びる形になった王様の馬もびっくりして止まってしまいました。
もちろん王様もびくっとしましたが、まずはおびえる馬をなだめないとパニックを起こされては困ります。どうどうと馬を落ち着かせながら、王様はおそるおそる振り返りました。
ノロムワが馬上からいかつい顔で睨みを利かせています。
なぜかその横、ちょっと後ろに隠れるように、ダルツォの姿も見えました。
「王の御前であるぞ。争いをやめよ!」
今度は幾分か静かな声で、全員を見渡しながら言い放ちます。
我に返った兵士たちが、王様に気づき慌てて膝を付き礼をします。
ニトイたちはまだ状況が掴めないのかぽかんとしたままです。
このぬかるみに膝をつく兵士たちに申し訳なくて、立つように促しながら王様は必死に考えました。
王様としてふさわしい言葉を選ばなくてはいけません。
モーロンと練習した短い言葉。
みんなに伝わる凝縮した言葉。
「……剣は人を、守るもの」
(喧嘩なんかしてる場合じゃない!)
「米は人を、満たすもの……」
(どっちも必要なものだろう!!)
胸の内では叫びたくてしかたがありません。
(頼む、早く避難してくれ! みんなの命が危険なんだ!)
それでも、王様としての言葉をひねり出します。
「避難を」
短く放った声は大きな声ではありませんが、ノロムワのおかげで生まれた静寂が、王様の言葉をその場の全員に行き渡らせました。
その言葉を合図に、みんなが一斉に動き始めます。
王様の言葉に逆らう人などいません。
ニトイたちは、後ろ髪惹かれながらも兵士の誘導に従い、兵士たちも先ほどまでのわだかまりはいったん置いて、村人たちの安全を優先に動き始めました。
「さすが父上。その雷声はご健在ですね」
「……うるさいぞ」
ほっとした王様の耳に届いたこそこそっと交わされる親子の会話に、王様は得心します。
さっきのノロムワの大声は、王様の声を聴かせるための演出だったのだと。
高台に避難をする人々と一緒に馬を進めながら、王様はくすっとマスクの下で笑ってしまいました。




