0 シャードの木の伝承
昔々、
この地がまだ国とも呼べない小さな集落でしかなかった頃。
一つの大きな戦があった。
一人の美しい娘を取り合って、三人の若者が始めた戦だった。
戦はこの地に暮らす人々を巻き込み、どんどん大きくなっていった。
男たちが殺し合い、大地が血で赤く染まるほどになったとき。
それは現れた。
天を衝くほど高く大きなシャードの木。
言葉通り、移動してでも、地面から生えてでもなく、突如そこに現れたその巨木は、信じられないことにその根を自由に動かした。
根は、人々に襲い掛かり、次々にからめとっていく。
動けないものから、地面に引きずり込まれていった。
最後に大地に広がる血を吸い上げ清めると、美しい花をつけた。
始め純白であったその花は、吸収した血によってか、やがて血の様に赤く色を変えたという。
戦っていた男たちは恐れおののき、敵も味方もなく逃げかえった。
そうして戦は終焉を迎えた。
しかし、それを快く思わない男がいた。
娘を取り合っていた若者の一人だ。
決着がつかないことにいら立ったのか、巨木に火矢を放ったのだ。
巨木は燃え上がった。
だが燃え上がったのは巨木だけではなかった。
巨木の付けた花は知らぬ間に実をつけていたが、その実が含んでいたたっぷりの油にも火が回ると、炎で生まれた上昇気流に乗って男たちの集落に飛び火したのだ。
集落は、巨木とともに三日三晩燃えた。
巨木はその太い幹をわずかに燃え残して鎮火し、集落は壊滅的に焼け落ちた。
迫りくる炎から、這う這うの体で逃げ出し、何とか生き延びた人々は、何も残っていない集落を前に愕然とした。
戦をした者も、しなかった者も、男も女も、大人も子どもも関係なく、みな平等にすべてを失ったのだ。
命だけを除いて。
戦の発端となった娘は、火事の混乱の中、とうとう見つけることができなかった。
炎にのまれ焼け死んだのだとも、混乱に乗じて逃げ出したのだともいわれたが、本当のところは誰にもわからない。
やがて命ある事に感謝の念を抱いた人々は、焼けたシャードの巨木を恐れと共にあがめるようになった。
集落は場所を変えウルエの地として新しく築かれ、いつからか国と呼ばれるほど大きくなっていった。
だが世代を超えても、人々はシャードの木の怒りを忘れない。
鎮めるために争いを起こさないことを誓い合い、起きた出来事を語り継いだ。
ウルエの土地で争うなかれ
シャードの木に喰われるぞ
動くその根で人を喰い
血を吸い実を付け燃え上がる
以来、この土地で戦をする者はいなくなったという。




