06 居場所
デュアンナとマンフレットの間に一瞬だけ重苦しい空気が停滞し、彼女が着る軍服から予想される暗い未来に対し、互いに口をつぐんでしまうのだが、それらの沈鬱な空気を鐘に音が打ち払う。何度も何度も盛大に鳴らされるそれは昼間と夜の境に鳴らされる時報。王都ラーヘンの隅々にまで届く、中央大聖堂の鐘音だ。
「すまない、ついつい時間が伸びてしまった」
我に帰ったデュアンナは業務用の表情へと自分を戻し、自身の制服にまつわる話の結論点へと誘導する。
「私はトゥランヘイム王国の今後に、いささか不安を覚えている。その理由もあって、民族浄化を是とするような連中を陽の目に浴びさせたくないのだ。まともに影響を受けるような馬鹿な奴らがいないとも限らん」
「少尉が言われた事、心底理解出来ました。明日の公聴会では、ボスオム党にまつわる報告は必要最小限に留め、チェザリー・トニシュの思想性については秘匿するよう努めます。それと、少尉の制服にまつわる話は一切忘れます」
「すまんな。ただ、今後は長期的な作戦を依頼する事は無くなるように感じている。私の制服の話からも察するように、王国国内での秘密作戦が主体になるだろう。頼むぞ……シグニス【暗殺団】」
「また古い名前を持ち出して来ましたね少尉。特殊傭兵団シグニス・ブラザーズは、今後も近衛騎士団警務課からの委託業務を、喜んで引き受けさせていただきます」
ここで二人は再びグラスを掲げてグイッと酒を胃に流し込み、それが秘密の打ち合わせ終了の合図とした。
さあ、君の部下たちが集まって来る前に、不粋者は立ち去るか、、、デュアンナが席を立とうとした時、何かに気付いたマンフレット、みるみる内に苦笑に変わった彼のツッコミが炸裂した。
「少尉、慌てないでください。要件は二つあるとおっしゃりましたよ」
口元に手を当てて笑いを堪えるマンフレットを前に、浮かせた腰を再び椅子に鎮めたデュアンナ。彼女の赤面は、アルコールによる紅潮だけが原因ではない。そしていそいそと向き直る彼女を見て、マンフレットは苦笑しながらこう感じたのである ――嗚呼、世の中に完璧な美女はいないのだと。そして完璧ではない美女の何と可愛らしい事か―― と
「手間をかけてすまない。もう一つの要件なのだが、近日中にとある少年を受け入れる予定でいる。その少年をな……君の組織で面倒を見てくれないかと言う話なんだ」
「少尉、申し訳ないくらい話が読めないのですが、エージェント候補者を我々のチームで育てろと言う事ですか?」
マンフレットの声には、当惑の色が過分に含まれている。デュアンナにシグニス暗殺団と古い名前で呼ばれた事からこの流れで、少年を暗殺者として仕立て上げろと言って来たのだと認識したのだ。
「育てろと言うか……居場所を作って欲しいと言うのが率直なところだ」
「少尉、我々もチームで作戦行動している事から、メンバー選定には厳しいです。おまけに我々は家族も生活拠点も無いに等しい虚無の存在。言わば幽霊のようなものです。そこに居場所を作る事について、詳しく聞かせていただけませんか……?」
謎かけのようになってしまった会話のキャッチボールをやめて、デュアンナは素直に謝罪する。
「西方シフェラント公国との国境紛争において、王国国防軍のとある少年兵が、任期満了で除隊する事になる。彼の名前はレイジ・トキ、懲罰大隊の所属だ」
彼女のこの発言の前半に関しては、別段驚くどころか「ふうん、そうなんだ」程度で聞いていたマンフレット。シフェラント公国との国境紛争などそれこそ百年以上前に遡っても、まだ昔話として語れるぐらいに古くから繰り返されて来た、言わば負の日常であり、人の心を揺さぶるような珍しい話ではない。
――何故ならば、自分の名を上げる手段として国防軍と契約し、シフェラント公国との紛争に身を投じる若者など、それこそ王国内に山ほどいる。まさしく日常茶飯事だ。だからマンフレットはデュアンナの言葉にさほど興味を示さなかったのである。
だが、彼女の言葉にある最後の単語を耳にした瞬間、マンフレットは『そんな事はあり得ない』と、電撃を浴びたように一瞬にして目をむき出し、驚愕の表情へと変わる。
「少尉、それはあり得ません!懲罰大隊は……懲罰大隊は言わば死刑部隊です。脱走兵や政治犯が強制入隊させられて死ぬまで戦わされる部隊。懲罰大隊を任期満了するなど聞いた事がありません!」
「君の言う通り、懲罰大隊から生還した者は一人もいない、過去の記録ではな。だが彼は三年間の地獄を生き抜いて、そして今月除隊する予定。つまり歴史上懲罰大隊から生還した初めての人間だ」
額に油汗を浮かべながら、眉間にシワを寄せて塞ぎ込むマンフレット。彼女の言う通り、懲罰大隊で三年間勤め上げさえすれば、どんな犯罪者でも放免されて罪は不問とされるのだが、そうならないように常に激戦地へ部隊配置され、さまざまな制約を与えて必ず戦死するように仕組まれているのだ。
「あははは!狐につままれたような顔をしているな。彼の戦績は戦闘参加五十二回に対して殺害確認戦果六名。殺害確認戦果こそ少ないものの、地獄を生き抜いた本物である事に間違いはない」
マンフレットに向かってデュアンナが顔を近付ける。賑やかな周囲の喧騒に声がかき消されないように、そして二度と口にはしない秘密の内容を吐露しようとする現れだ。彼女の表情は真剣そのもので、先程の第一の要件よりも更に険しくなっている事から、これから話す内容は、彼女にとって最重要の案件であるのが伺える。
「レイジ・トキは【魔女の接吻】を受けた者だ。だが魔女が気に入らなかったから捨てられた。つまり魔女が期待しただけの魔力を持たず、結果彼はゴミのように捨てられた。懲罰大隊に入れられてそのまま死んでくれたら万々歳の廃棄予定だったんだよ。だが彼は生き延びた、魔女すら気付かぬ力を持ってな。……協力しろマンフレット、レイジを保護して我々の管理下に起きたい」
「魔女の接吻……つまりこことは違う世界から呼ばれた者。異世界転移者であり魔女すら測れなかった異能の者。非常に興味はあります」
冷静沈着で尚且つ非情と呼ばれた特殊傭兵団シグニスのリーダーも、腹の底で爆発した好奇心に支配されてしまったのか、テーブルに両肘をついて口元で手を組み、前のめりになりながら瞳を爛々と輝かせている。
――ただ、彼には彼の立場がある――
どの国家にも属しない少数精鋭の特殊部隊を率いている彼は、こちらの世界で表現すれば、アメリカ合衆国のインテリジェンス機関CIAの現地作戦行動を行う民間軍事会社の代表のようなもの。自分でリサーチして相手の力量を測るだけでなく、性格やチームとの協調性など、総合的な判断の上でメンバーとして迎え入れなければならないのだ。つまりは、迎え入れるよりも前に、彼にまつわる全てを知っておく必要があるのだ。
「どうでしょう?少尉。その少年をシグニス・ブラザーズの戦力として迎えるには、不確定要素が多すぎます。よって当面の方針として、我々シグニスがその少年をエージェントとして育てる。そして少年の保護監督権は少尉の方で責任を持つ。これならメンバーも納得出来るかと存じます」
――考えたなマンフレット。使える奴ならシグニスに取り込み、使えない奴なら我が警務課に返却するか。狡猾な提案だが悪くは無い着地点だ――
「よろしい。マンフレット、その線で行こう」
時間だとばかりに、シグニス・ブラザーズのエージェントたちがズラズラと店になだれ込んで来る。皆、デュアンナの存在を見知ってはいるが、周囲の視線がある時は敬礼や丁寧な挨拶は絶対に禁止とされており、ちょうど席を立って退店しようとするデュアンナと無言ですれ違おうとしている。
こうして、謎の少年の居場所は決まった。本人が望むと望まざるとに関わらず、この世界において生き延びるための準備が整ったのである。
◆ デュアンナ・オイホルスト少尉の章
終わり




