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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 序章2 デュアンナ・オイホルスト少尉
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04 これは君へのお願いであり、命令だ 前編



「待たせたな、マンフレット」


 デュアンナ・オイホルストは抑揚を抑えたかのような淡々とした口調で、丸テーブルの先に構える中年男性に向かってそう声を掛ける。

 自分よりも一回りも歳上の男性に対して生意気な口調ではあるのだが、言われた側のマンフレットがそれに反感を覚えるどころか、恐縮しながらどうぞどうぞと着席を促すあたり、両者の上下関係が年齢ではない事が伺える。


 ここは王都ラーヘンの繁華街奥に存在するダウンタウン。巨大な城壁に四方を囲まれた城下町の中でも、一番立地条件の悪い外縁に位置する地区でありながらも、早くから飲食店が立ち並び、王都の労働者たちの胃袋を満足させて来た『王都の台所』である。そしてデュアンナが敷居をまたいだ先は、立ち並ぶ飲食店の中でも知る人ぞ知る穴場の酒呑み処。旅人や行商人ならともかく、この王都に古くから住む者たちですらその店の存在を知る者の少ない、ほぼ常連だらけの隠れた名店である。


「長期に渡る作戦、ご苦労だった」


 椅子に座ったデュアンナが(ねぎら)いの言葉をかけながら、テーブルの向こうに目をやる。マンフレットが何を肴に、何を飲んでいるのか気になったのだ。

 凝視こそしないものの、さりげなく彼女がチラリと見れば、塩をまぶったナッツの盛り合わせと、樽から取り出しただけのヌルいエール。

 彼女はその光景を目の当たりにしながら、表情には出さずに苦笑しつつ、ハーフエルフのホール係に向かって指を鳴らしてオーダーを頼んだ。


「氷入りのグラスを二つ、そしてとびきりの蒸留酒を二本くれ。これなら足りるだろ?」


 金貨一枚と銀貨三枚を受け取ったホール係は、銀貨一枚はチップだからと言われ喜び勇んで厨房へと掛けて行く。

 氷入りのグラスを二つ注文したのは状況からして理解出来るが、何故この方は蒸留酒を二本も頼んだのだろう……? 飲み切れるのかと不思議な顔をしたマンフレットに対して、デュアンナは今度こそ表情に出して苦笑した。


「私との打ち合わせが終わったら、君の部下たちがここに集まるんだろ?だったらしょぼくれた酒など飲んでないで、良いところを見せてやれ」


 嗚呼なるほど、この方は私のメンツを保とうと気にしてくれていたんだ。――マンフレットが恐縮しながらそう思うのも無理は無い。

 思い返せば半年以上に渡る他国への潜入作戦を終えて、この王都ラーヘンに戻って来た初日が今である。慰労を兼ねて酒宴を開こうとした際に、デュアンナからその前にちょっとだけ時間をくれと言われたのが今のこの光景。

 『契約者側との会見で、我らのボスはヌルいエールを飲んでいた!』と、後から来る彼の部下たちがこのテーブルを見てガッカリさせない配慮を見せてくれたのだ。


「一杯だけ貰うよ、後は君たちでゆっくり楽しんでくれ」

「少尉、過分のご配慮を頂き感謝致します。部下たちの喜ぶ顔が目に浮かびます」


 氷を浮かべた鮮やかな琥珀色の液体が踊り、デュアンナとマンフレットの口に注がれた途端、長年焼き樽で熟成して来た蒸留酒の芳醇な香りが口腔を支配し、焼けるような喉の痺れさえも喜びに変えてしまう。


「二つ、今日は二つほど要件があって君を訪ねた。なあに、無理難題ではないから安心したまえ」


 こう切り出したデュアンナは、長話になって彼の部下たちが痺れを切らさないよう、箇条書きに近いほどの殺風景さで、要件を切り出し始めた。


 【トゥランヘイム近衛騎士団軍務部からデュアンナの警務課第二班に実行命令が発せられ、そして実行されたビルシュトナス王国潜入作戦。その結果について明日公聴会を開くので、実働部隊だったシグニス・ブラザーズの部隊長を出頭させるように】

 ――この公聴会において、報告しても問題無い内容と、是が非でも伏せておくべき内容の確認をしておきたい。これがデュアンナの要件の一つ目である。

 つまりは、このデュアンナとマンフレットの関係とは雇用関係にあり、スパイ活動の結果得た情報を大元の軍務部で報告するにあたり、報告すべきではない情報を伏せるための事前打ち合わせなのだ。


「ビルシュトナス王国の民主化運動が昨年あたりから加熱し、各地で小作農などの農民が蜂起して暴徒化。領主軍や国防軍と衝突して、未だに沈静化の動きは無い……これで合っているな?」

「間違いありません。流血の嵐は未だに吹き荒れており、加熱の一途を辿っています。領主軍が見せしめに群衆を大量殺害したり、反乱分子だと言いがかりをつけて、農村集落まるごと虐殺する事件も最近は頻発しております」

「その流れの中で、それまでは偶発的に起きていた農民の蜂起や暴動に、何故か一定の規則性がある事を君のチームが発見した。以前私宛ての通信で報告して来た内容がそれだな?……暴徒が何者かの介入で組織化されていると言う」

「そうですね。まず第一に、地域住民の噂または井戸端会議などの雑談で、その地域で暴動が起きる可能性が語られる際に、実行の具体的な日時までもが語られている点。何者かの指示で意図的な情報拡散が行なわれているとの疑念が湧きます」


 アルコールに頬を紅く染めながら何度もうなづくデュアンナに対し、言葉の回転がどんどんと早くなる。後でゆっくりと味わえるからと……マンフレットは蒸留酒の誘惑に抗いながら説明を続けているのだ。


「第二の疑念。抗議のために集まった農民たちが暴徒化し、領主所有の田畑や施設を破壊していた無秩序状態の初期に比べ、秩序的な集団行動を始めている点です。ただ思いのままに破壊を行なっていた暴徒が、スローガンを掲げて行進するまでに成長したのです。この短期間の変貌は異常としか言えません」

「領主の搾取に抗え!農民の権利を尊重せよ!だな。暴力がシュプレヒコールに変わり、怒りのベクトルは自己満足からやがて、対外的な活動アピールへとシフトして行く」


 ゆっくりとうなづくマンフレット

 六ヶ月もの間ビルシュトナス王国に長期潜入しながら、雇用主のデュアンナに対して頻繁に報告を送っていた事もあり、彼女がその内容をしっかりと覚えて状況を把握している事が、「冥利に尽きる」と満足げだ。


「主な地下勢力は三つ、その中で台頭して来た指導者は三人。全国労働者委員会のボロチェフ委員長、そして農民連帯機構のビチャーチン議長、三人目が……」


 マンフレット・シグニスが三人目の人物の名を口にしようとした途端、デュアンナの表情がガラリと変わる。その三人目の人物こそが問題なのだと、デュアンナはおもむろにグラスをテーブルに置いて、人差し指を左右に振りながら彼の言葉を制して、自ら口を開いてその名を呼んだのだ。


「三人目はボスオム党の党首、チェザリー・トニシェ。良いかマンフレット、こいつらこそが問題なんだ。明日の公聴会でこの党の存在は秘匿しろ。これは君へのお願いであり、命令だ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで読ませていただきました(*´∇`*) 今章のデュアンナさん、とても格好いいです。 振木さんの書く異世界は本当に存在するのではと思ってしまうほど、重厚で深い。 主人公がどんな風に絡…
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