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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 序章2 デュアンナ・オイホルスト少尉
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03 全身黒づくめ、謎の軍人



 トゥランヘイム王国ラーヘン県、その中央には県都であり王国の旗都となる『王都ラーヘン』がある。人口二十万と聞けばいささか少ないようにも感じるが、この時代においてはまさしくトップクラスを誇る過密都市である事は間違いない。


 ラーヘン県一帯は大陸有数の一大穀倉地帯であり、主要生産物である小麦はこのラーヘンの街を経て大陸全土に広がって行く事で、古くから流通路が整備され、物流業界と言う産業が発展して来た。

 古くは荷馬車のキャラバンが大陸各地へと旅立って行ったが、魔鉱石に蓄積させた灼熱魔法を利用する「蒸気機関」が発明され、一部の商人が独占していた物流交易は大量輸送の時代に突入した。ラーヘンの郊外に国営や民営の新興団体である『企業』と言う名の組織体が、我先にとこぞって巨大な物流倉庫を作り、そして蒸気機関を利用した輸送荷車が馬や牛に代わってその役を担い始めた事で、いよいよラーヘンは第一次産業である農業を主軸とする中世時代の人口構成から、物流や工業などの第二次産業を含んだ近代への人口構成へとシフトした。

 ――そう、それが『産業革命』と呼ばれる歴史の転換点であり、王都ラーヘンこそが転換点の中心たり得る存在であったのだ。


  ◇  ◇  ◇


 北に見えるジトー湾を背に、王都ラーヘンのランドマークであるトゥランヘイム城がそびえている。それまでは王都であり国の文化の中心であったりと、歴史ある古都の象徴でしか無かったのだが今は違う。

 太陽が西の地平線に差し掛かる頃、夕陽をその一身に受けるトゥランヘイム城は、その浴びたオレンジ色の光で街を照らし、日々の労働に疲れた人々を癒していたのである。つまり、労働時間が終わって家路につく人々に対する(ねぎら)いの陽光を注いでいたのだ。

 街に溢れる人々のそのほとんどが、この地で雇われた労働者、被雇用者である。中世から近代に切り替わろうとする今、まだこの大陸に点在する国家は領地制の王制政治が行われ、庶民は古典的な農村集落でその人生を過ごしていた。だが産業革命が起これば、産業革命の(きざ)しが垣間見れれば、農村集落から主要都市まで人口比率や社会構成がガラっと変わって来る。――簡単なところで言うと、農家の跡取りを諦めざるを得なかった次男坊三男坊四男坊が、新たな夢を求めて主要都市で労働者デビューするのだ。

 つまり今、この暖かくて柔らかく、そしていささかの寂寥感を抱かせるような、鮮やかな橙色の光を受ける街の人々、そのほとんどが労働者なのである。


 物流倉庫の荷役労働者、それに蒸気機関製造工場の労働者、更には近年王国からその整備が発表され着手が始まった『蒸気機関車』の軌道設置工事の労働者。それらの人々が一日の仕事を終えて、王都に溢れ始めた。

 家族の待つアパートに直行する者、公園で雑談に興じる若い男女、一日の疲れをアルコールで飛ばそうと繁華街に赴く者など、労働者たちは各々の理由をもって王都の石畳に(かかと)を鳴らしていたのだが、たった一人……たった一人だけ様子の違う者が垣間見える。労働の義務から解放された者たちが、爽やかな疲労感に背中を押されて街を闊歩するのとは、明らかに様子が違うのだ。


 ――その人物とは女性。歳の頃は二十代後半であろうか、少女特有の可憐さと大人の女性の妖艶さ、そのちょうど中間点に位置するような様相だ。

 見た目は長いサラサラの黒髪に黒い瞳。単一人種ではないものの、金髪と青い瞳が主流のこの地方では、黒髪に黒い瞳はひどく珍しい部類に入る。更に彼女が着ている服こそが、周囲の労働者と彼女自身をきっちりと差別化していたのである。


 彼女が羽織る上着はフロックコート。西欧の礼服である『モーニング』が主流となるより遥か以前、一般的な礼服として着られていたのだが、当時の軍服もやはりフロックコートでデザインされていた。その服をまといながら、長靴とも呼ぶべきブーツを履いている事も相まって、彼女はもしかしたら軍人かも……と、安易に想像してしまうのだ。

 そうであるならば、トゥランヘイム王国の職業軍人で構成された『トゥランヘイム国防軍』の兵士かと結論を出したくなるも、いやいやそうでもないぞと結論にブレーキがかかる。何故ならば国防軍兵士の軍服は深緑のカーキ色で完全に統一されている。いくらカッチリと決めたフロックコートを着ているとしても、彼女のように闇より深い黒い軍服を着た国防軍兵士の存在などあり得ないのだ。


 全身黒づくめの謎の軍人さん……と、街ですれ違う者たちはそう思うしかないだろう。知識が無い以上、いぶかしげな目で見つつも、そう納得するしかないからだ。

 ――それがたとえ、国防軍以外のとある組織において、今年になって導入された新型軍服だとしてもだ。何故こんなエグいデザインの黒い軍服が導入されたのかなど、その深い意味など知る由もないのである。


 彼女が所属している組織、その組織の名前は『トゥランヘイム王国近衛騎士団』と言う。

 未だにこの大陸での治世は、荘園領主による専制主義が基本であり、その領主が統べる荘園が複合体となった巨大国家が王国である。この近衛騎士団とは、まさしく王と王族を守るためだけに存在する「公的な」私兵集団の事を指すのだ。

 近衛騎士団発足当初の組織構成は、ほぼほぼ貴族の名誉職であった事からその人員の全てが貴族階級で占められていたが、長い歴史を経た事と二十年前の大陸級紛争を経験した事から、近年ガラリと組織構成が変わって来たのである。つまりは、国防軍の職業軍人と同じく、職業騎士団員の誕生を意味していたのである。


 今、ラーヘン城下町を繁華街に向かって歩く女性、黒髪に黒い瞳に漆黒の軍服を着たこの女性の名前はデュアンナ・オイホルストと言う。トゥランヘイム近衛騎士団軍務部、警務課第二班の課長であり階級は少尉だ。


 〜もう、輝く鎧に紋章付きの盾と剣を携え、近衛の旗を風になびかせる時代は終わった〜


 デュアンナがその明らかに場違いな軍服で、どこに向かって歩いているのかは定かではないが、これらの事から一つだけ垣間見れた事実がある。

 もはや王国の近衛騎士団は、貴族の名誉を補償するような栄誉ある組織ではない事が伺えた。貴族たちが自分の名前に箔を付けるため、あの手この手で入団を画策したり、ナイトの称号を得ようとして、一介の戦士たちが自分の人生を賭けるような夢有る組織ではなくなっていたのである。



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