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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
27/29

27 恐怖の踏み絵



 大陸歴 二千八百六十五年

 トゥランヘイム王朝歴 九百四十三年

 八の暦 二十二日


 新興マフィア『ディアーボ』構成員による玉ねぎ屋襲撃事件から二週間が経過したが、その間マフィアによる民間人への暴行騒動などは起きず、比較的穏やかな時間が流れていた。だがそれはあくまでも表面的な結果どあり、水面化では物凄い量の情報が集約された二週間でもある。誰が何について大量の情報を集めたのか―― それはもちろん、トゥランヘイム王国の秘密調査機関が、麻薬とマフィアと敵性国家についての情報である。


 盛夏が折り返し地点を過ぎた頃から、この王都ラーヘンでは日没あたりに涼しい風が吹くようになって来た。秋の収穫に期待を寄せる農夫たちや、無駄に汗をかく時期の終わりを予感した労働者たちは繁華街へと繰り出し、酒で火照った身体を涼しい風に晒しながら、陽気な気勢を上げていたのである。


 『カフェ・ブリザ』は王都でも一二を争う老舗のカフェである。王室御用達ではないものの、独自のルートで集めたコーヒー豆は国内トップクラスの品質を誇っており、コーヒー好きでカフェ・ブリザを語れない者は「もぐり」だと笑われるほどだ。この店のウリはそれだけではない。料理人が作る季節の創作スウィーツやバゲットサンドなどの軽食は大人気であり、常に王都に住む者たちにグルメな話題を提供していた。

 王都の繁華街で尚且つ中央通りに面した場所に店を構えたカフェ・ブリザは、店内営業だけでなく中央通りの幅広い歩道をも利用してカフェテラスを展開しているのだが、中央通りにズラリと並ぶ街灯がうまい具合にカフェテラスを明るく照らし、アルコールの苦手な労働者たちや、若い恋人たちを遅くまでもてなしていたのである。


 雲一つ無い半月の下、今宵もカフェ・ブリザは大賑わい。店内やカフェテラスにはほとんど空席は無く、誰もが上質なコーヒーの香りに乗せて、話に花を咲かせている。――そこに現れたのが一組の姉弟である。

 二人とも町民らしい綿の服に袖を通してハンチング帽を被っているのだが、服が真新しくて「ほつれ」やツギハギが無い事から、中流貴族のお忍びかな?と、周囲の客は感じるのだろうが、貴族がお忍びで有名店に出入りするなど日常茶飯事なので、姉弟は他の客から二度見などされず悠々とカフェテラスへと足を向ける。もちろん二人は姉弟ではない。二人とも黒い瞳に黒い髪ではあっても、姉弟ではなかった。姉らしき人物の名前はデュアンナ・オイホルスト、そして隣にたたずむのはレイジである。


「待たせたな」


 賑やかなカフェテラスには場違いなほどに、低くて小さな声を発しながら、デュアンナはとある丸テーブルの席へと着く。テーブルの反対側には中年男性が一人座っているのだが、やはりデュアンナたちと同じく「真新しい」庶民服を着ている。


「今年は小麦が豊作のようですね?」


 何の挨拶も無く、その男性は唐突にそう問いかける。するとデュアンナは「秋口の長雨さえ無ければ、近年稀に見る大豊作です」と答えた。どうやらこれが両者にとっての合言葉なのだろう。この問答が成立した途端に、男とデュアンナの表情が幾分和らぎ、そしてデュアンナは背後に立ったままだったレイジを隣の席へと座らせた。


「白ウサギよ、提供してくれた情報にウソ偽りはなかったぞ。情報提供を感謝する」


 立派な白髭のウェイターにコーヒーを二杯頼みながら、デュアンナは目の前の男を白ウサギと呼んだ。そして彼に対して謝意を示したのだ。


「信用してもらえて良かった、これで当方の正統性は理解していただけると思う」


 白ウサギは安堵の色を示すのだが、そこでデュアンナの瞳が輝く。現段階において百パーセントの信用は出来ないと、一旦彼を突き放したのだ。


「ディアーボ主要メンバーの構成と、王都ラーヘンにある活動拠点の全て、この情報にウソ偽りは無かった。そしてハデルムント公国領事館とディアーボの接点、誰が窓口役で誰が本国への送金係なのか、それに対する情報にも間違いは無かった」

「我々が提供した情報に間違いが無いのは証明出来たのだ。そうであるならば、王国側も我らの置かれた状況に理解を示して欲しいのだが」

「悪いな白ウサギ、それはまだ時期尚早だと考えている」

「どう言う事だ?我らも身の危険と戦いながら集めた情報なんだぞ」


 怪訝な表情でそう訴える白ウサギに対して、憤るのも無理は無いと言うような、ある種の同情を寄せる表情を作りながら、デュアンナは次の言葉に力を込める。


「明日の夜、我々は決行する」

「明日の夜に……やるのか?」

「ああ、そうだ。ディアーボの首領オイゲントと幹部六名、そして構成員二十八名の抹殺。そしてラーヘン近郊にある、麻薬と売上金を貯蔵する隠し倉庫を襲撃して破壊する。無論倉庫の管理者たちも抹殺する」


 デュアンナの表情に澱みは無い。その決意に満ちた瞳の力と表情から見ても、彼女が決してブラフで言っているのではない事が理解出来る。とうとうやるのかと白ウサギが小さく呟いた際、その呟きを打ち消すかのようにデュアンナはこう宣言を追加した。この追加分が、白ウサギを震撼させたのである――


「明日の夜、ディアーボ壊滅作戦と時を同じくして、ハデルムント領事館においても我々は実力行使に出る。先に情報があったエックハルト副領事と二ランディル参事官を処分する」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!領事館員には手を出さないと……」

「この両名については、君から貰った情報以上に深刻な事実に行き着いた。彼ら二人は麻薬で得た利益の資金洗浄役として、外交特権を悪用して公国へ送金を繰り返していたが、全額送金していた訳ではないのだよ」

「全額ではない……?つまりどう言う事だ?」

「副領事と参事官は、麻薬の売り上げ金の一部を抜き取り、我が国の一部の軍人に流していた。つまりは国家安全保障上、看過出来ない事態に陥ったと言う事だ」


 (踏み込んではいけない局面になってしまった!)

 この白ウサギと言う人物はシフェラント公国の秘密エージェント……つまりはスパイである事が伺え、尚且つトゥランヘイム王国側にも情報を提供する二重スパイの役割を担っているならば、いやいるからこそ、デュアンナが言及した事実に対して肯定も反論も出来ない事態に陥っていた。

 公国領事館の職員が王国軍人にワイロを送っていたと言う事は、それ即ち公国の方針として王国軍人を抱き込もうと画策したのだと推察される。それはつまりトゥランヘイム王国国内において、軍人が反乱を起こしたりサボタージュを行うための資金提供を、ハデルムント公国が行なっていたと言う点に行き着く。

 白ウサギにしてみれば初耳の情報で、彼の責任の範疇からはかけ離れた情報ではあるのだろうが、彼には彼の立ち位置と守るべき背景がある以上、迂闊な発言が出来なくなったのだ。

 ――だが、そんな白ウサギの葛藤を前に、デュアンナは更に踏み込んで発言する――


「白ウサギよ、君が公国八大貴族のどの家に属した者なのかなど聞きはしない。私の個人的見解とすれば、公国ナンバー3、セナトロフ伯爵家の息のかかったエージェントだとは思うのだが」

「……私の口から背景を言う事は無い。あくまでも私は公国と王国が衝突しないように機能する緩衝(かんしょう)材だと自負してる」

「そうか、それならば君も理解は示してくれるはずだ。二ランディル参事官はセナトロフ伯爵の(おい)にあたる人物と聞いているが、我が王国に仇為す者として認定した。だから予定通り明日の夜に処分するが、異議はないな」


 表情を一切崩さずに、背筋が凍るような恐ろしい内容を淡々と喋るデュアンナ。隣のレイジは「我関せず」とカフェテラスの人間模様をちらちらと眺めながらコーヒーを楽しんでいるのだが、何かの異変に気付いたのか、おもむろにデュアンナと白ウサギの会話に割って入る。


「……二時方向、新聞を読んでる男、三十代短髪。三回目が合った」


 そう、レイジはデュアンナの護衛役として、立派にその責務を果たしていたのだ。


「ふふ、それは心配しなくて良いよ。彼は警務課第一班の職員、私の監視役だよ」


 レイジの指定した方向に慌てて顔を向けるような愚を犯さず、逆にレイジに顔を向けた彼女は、極めて穏やかにそう言う。――私が王都でコソコソしているのが気に入らない、単なるプレッシャーだよ と

 それに気付いたレイジをベタベタに誉めたい、そしてレイジのモサモサしたクセ毛を撫でてやりたいと言う衝動を抑えながら、デュアンナは目の前の二重スパイに目を合わせる。

 

「さて白ウサギ、これで我らがまだ君を信用しきれていない理由が分かったと思うのだがね?」

「……とんだ踏み絵だな。明日の実力行使前にターゲットが一人でも行方をくらませていたら、それは俺が情報を漏らしたと言う構図になると」

「理解してくれたら嬉しい。明日の晩は我々の作戦が成功する、それで全て終わりだ。作戦成功に寄与してくれた公国セナトロフ伯爵家には、何を持って感謝の意としようか……」

 

 そう(うそぶ)きながら立ち上がり、ポケットから封筒を取り出してテーブルに置く。……作戦前の最終確認はこれで終わり、これは君へのギャラだと言う無言のジェスチャーだ。

 ただ、デュアンナにも思うところがあるのか、席から立ち上がったまま一呼吸動きが止まる。釣られて立ち上がったレイジが「はて?」と思うほどに短くて長い空白だ。


「……白ウサギ」

「何だ?何かまだ用があるのか?」


 封筒に手を伸ばして懐に入れた白ウサギは、思い描いた状況と乖離したこの現状に、不満の表情を露骨に発揮している。それにデュアンナが気付いたからこそ、立ち止まったままでいたのだが、いよいよ白ウサギの不満に対する回答がまとまったのか、テーブルに両手をついて前のめりに身を乗り出した。


「……勘違いするなよ、三流国家のスパイ風情が」

「な、何だと?」

「王国と公国が衝突しないようにする緩衝材だと?いつから公国はこの千年王国と対等の立場に立ったんだ?」

「いやそれは、言葉のアヤで……」

「良いか、貴様ら公国はこの王都に麻薬を持ち込み、違法に外貨を稼ぎながら麻薬患者を増やして王都のモラルを下げ、そして我が国の軍人に金をばら撒いて反乱をそそのかしたんだぞ?これはまさしく公国による内戦教唆、秘密裡に宣言された一方的な戦線布告だ。私が寛容で秘密裏に処理しようと動かなければ、今頃は国境警備隊を押し退けた国防軍第三十五軍団が公国国境線を突破して、貴様らのちっぽけで惨めな国土を焼け野原にしていたのだぞ」


 最早その脅しに抗弁出来るだけの胆力は持ち合わせていないのか、白ウサギは額から脂汗を垂らしながらデュアンナを睨み返すのが精一杯。


「対等な外交交渉による平和は、対等な武力の均衡と対等な政治力の上に成り立つ。蠢くなよ公国人、小国の謀略や策略は負の財産を後世に遺すだけだ」


 残酷な表情で残酷な言葉を言い放ち、デュアンナとレイジはカフェテラスを後にする。白ウサギがどんな感情を抱いたかなど知った事じゃない、まず被害者となったのは王都なのだ。姉弟に偽装した二人の背中はそう言っていた。

 いずれにしても明日、明日の晩。王都に血の雨が降る。

 トゥランヘイム王国近衛騎士団軍務部警務課第二班とシグニス・ブラザーズの共同作戦が行われるのである――



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