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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
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24 懲罰大隊 前編



 ◆大陸歴 ニ千八百六十二年

  トゥランヘイム王朝歴 九百四十年


 今から約三年前のトゥランヘイム王国は近年稀に見る大豊作に恵まれ、富める者も貧する者も……特に貧する農奴たちが租税割合引き下げに歓喜しながら、安心して厳しい冬を迎えられる事が出来た。

 徴収を免れた作物を銅貨や銀貨に替えた農奴たちは、それを薪や大量の食糧や衣料品に換えたのだ。ひびやあか切れに悩まされない暖かい冬、豊富な備蓄食糧に囲まれひもじい思いをしない冬。これらは物流や金融や輸出などの国家経済にも好影響を与え、トゥランヘイムは国自体が穏やかな年越しとなったのである。


 ――だが中にはその好景気に恩恵に預かる事が出来ずに、寒さと貧困に堪える事を強いられた者たちがいる。もっと言えば、寒く、ひもじく、更には明日をも知れぬ死の恐怖に怯えた者たちも事だ。


 トゥランヘイム王国の西方に、シフェラント公国と言う名の国家がある。三百年ほど前までは王族が統べる王国だったが、王家の血が絶えてしまい、貴族による合議制統治……つまり公国としての国家運営を行い今に至るのだが、西の大国としてトゥランヘイムと肩を並べていたシフェラントは、貴族同士のもつれ合いが重なり、やがては衰退を始めてしまう。この大陸においての不安要素の大きな一因として名を馳せてしまっていた。

 もちろん、そのよどみきった悪い空気は国境を越えてトゥランヘイムにも及んでおり、この頃からの国境紛争はトゥランヘイムにとっても頭痛の種となっていた。

 そう、その国境紛争地帯にこそ、不安と恐怖で冬を越す事を強いられた者たちがいたのである。


 ◇トゥランヘイムとシフェラントの国境イェルべ高地、ダチェク村西付近◇


「懲罰大隊の諸君、傾聴せよ!」


 高圧的な叫び声が雪原にシンと響き渡る。

 今朝は快晴に近い晴れ。東の山々の稜線から上がって来た太陽の光が雪原を撫でると、半ば凍結した雪がそれをキラキラと反射させて幻想的な世界が広がるのだが、辺りには網の目のような塹壕が果てしなく続き、それと雪にへばりついた血肉の塊が随所に転がる事から、その場に居合わせる者たちは景色に目を奪われる事は無かった。

 いずれにしても、恐怖の代名詞である督戦隊の指揮官が号令をかけているのである。懲罰大隊の懲役兵士たちには荘厳な景色など眼に入らないだろうし、そもそも何を見ているのか判別出来ないほどに、目が死んでよどんでいたのであった。


「懲罰大隊の諸君、あと数分で本隊の突撃が開始される。砲兵隊の榴弾の雨あられを合図として、あの憎きシフェラントの犬どもに向かって、国防軍本隊の突撃が敢行されるのだ!」


 魔鉱石による燃焼機関を心臓とする『機構自走車(要は自動車)』のボンネットに乗り、督戦隊の指揮官は声高らかにそう叫ぶ。まるでそれは、指揮官自身もが突撃しそうなほど、ヒロイックに満ちた陶酔の叫びだ。


「本隊が正面から突撃した後、シフェラントの防衛陣地が正面側に集中したのを確認したら、この懲罰大隊はここからシフェラント防衛陣地の右翼側に突撃を行う!」


 指揮官が立つ自走車を中心として、左右一列に並んで横に広がるのは督戦隊の小隊二部隊で、兵士の数は合わせて六十人。その兵士一人一人が小銃や機関銃を構えているのだが、雪原の先にいるであろうシフェラント軍に狙いを定めているのではない。魔装小銃と最近支給された据え付け式の魔装機関銃の銃口は全て、懲罰大隊の懲役兵に向けられているではないか。


「懲罰大隊百名の兵士は、私の号令と共に突撃せよ!良いか、諸君らはシャカリキになって突撃するのだ!撤退や後退は一切認めないし容赦しない、諸君らが今立っている場所から一歩でもこちらに足を踏み入れたら、間違い無く蜂の巣にする!」


 ズラリと横一列に並ぶ督戦隊兵士たちと向き合うように、懲罰大隊の懲役兵士たちも横一列に並んで指揮官の言葉を聞いている、その数は約百名。死んだ仲間の服を重ね着しているのか、ボロボロのほつれた服で身体はパンパンに膨れ上がり、血や泥の着いたボロ切れを首や頭や手に巻いて寒さを凌いでいる。老いも若きも肌は霜焼けで赤黒く腫れ上がり、誰もが口からもうもうと白い息を吐き出している。


「ただ無駄死にしろと言うのではない!それが証拠に五人組に対して一挺ずつ魔装小銃を支給した、それで生き延びろ!銃を持つ者が倒れたら、次の者が銃を取れ!そしてこの作戦が成功したら、三日間の後方待機休暇を約束する!悪い話ではないぞ!」


 ……いやいや、そもそもが死ぬまで戦わされるのが懲罰大隊。三日間休みが貰えたからとして、どれだけ心が休まるのか。そもそもが今日を生き延びる事が果たして出来るのか……

 絶望感を身体から滲み出した懲役兵士たちは、指揮官の甘い言葉に心躍らせる事は無く、さりとて背後に広がる雪原に自分の死が待っている可能性に心胆寒からしめる訳でもなく、既にそこら辺に転がっている死体のように、その瞳と表情は濁ったままだ。

 ただ、懲役兵士たちの中に一人だけ、異質な存在がいた。


「ソ、ソンヌ……ソト、ロチェク、ヴィシリアタ……くそ、何言ってるかさっぱり分からねえよ」


 これから死ぬ事を強いられる者、これから死ぬ事を強いる者たちの中で、指揮官だけが言葉を吐いていたのではなく、懲役兵士の一人がブツブツと独り言を繰り返していたのだ。


「ヤーワリはたぶん休暇って意味かも知れない。しかし……ニエト、ビソ、ラファスティエフ?ラファスティエス?……だっけ?まだちゃんと聞き取れないけど、どうせまた死ねとか何とか言ってんだろうな」


 イライラしながらそう呟き続けるのは最年少の少年。まだあどけなさが残る思春期前の少年。

 ……黒髪に黒い瞳の見るからに異邦人。彼こそが土岐怜士、後のレイジ・フラットライナーであったのだ。



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