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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
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23 完成する者、割り込む者 後編




 上官であるデュアンナに言わせると「普通の人」と言う人物評なのだそうだ。だがそれだけを聞くと極めて平均的なイメージしか湧かないのだが、彼女のその言葉には重大で深い意味が隠されている。

 ――ディーター・バルデン一等軍曹は見た目、雰囲気や身長体格と、印象に残る部分が無いほどに普通なのだが、実はそれが彼の最大の特徴であり一番怖いところ。その当たり前の普通さに騙されて内面的な深さに気付かずにいると、とんでもないしっぺ返しが来ると言うのが、デュアンナの人物評なのである。

 ディーター・バルデンのその深さとは、他者を軽々と凌駕する知識量なのか、それとも並の軍師をも凌駕する知略なのか、それとも人並み外れた冷酷さや残忍さなのか……それは謎のままで測れないが、兎にも角にも彼はレイジを(かば)うように、ディアーボ構成員たちの矢面に立った。


「王都での乱暴狼藉、この近衛騎士団が断じて許さん!王都警察にも通報した、そこの街人たちよ道を開けよ、もうすぐ警官隊が到着する!」


 いくら軍刀と言ってもそれは儀礼用の片手剣であり、その剣自体の殺傷能力はさほど強くはない。だがそれを高々と掲げる事こそに重要な意味がある。バルデン軍曹がこの場に現れてから今までの言動全てが、公式な宣言へと変わったのだから。つまりディアーボの構成員三名は、犯罪者としての立場が確立したのである。


「く、くそ!覚えてろよ!」


 酷く当たり前で陳腐な捨てセリフを吐き、構成員たちは去って行く。痛がる兄貴分の両腕を左右から担ぎ、足早に逃げて行くその背中を、レイジやバルデン軍曹、更には野次馬たちの冷たい視線が撫で続けながら、やがて三名は視界の奥へと消えて行った。


「アンネリエ大丈夫か?」


 やがて野次馬たちから歓声が湧き上がるのだが、その歓声で鼓膜を刺激されたレイジは我に返る。野次馬たちを帰宅させたり荒らされた店を片付けたり……いきなり現れた保護者の副官に何故現れたのかと真意を問うよりも何よりも、自分が最優先で取るべき行動を思い出したのだ。


「レイジ君、安心するんだ。もうすぐ王都警察の警官隊も駆け付けるし、既に腕の良い回復術士も手配してある」

「バルデンさん、手際が良いね」

「あははは!たまたまだよ。たまたまダウンタウンに用事があって……ね」


 口元に多少の悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう返事をし、バルデン軍曹は現場整理の段取りを始める。多過ぎる野次馬に帰宅を促しながら、心配そうに店を覗くご近所さんたちに荒らされた店の片付けを指示し、怪我をした者たちの迅速な介抱など、それはそれは手慣れた現場処理だ。


 ――やがて駆け付けた警官隊が現場を仕切り始め、玉ねぎ屋暴行事件は沈静化した――

 駆け付けた回復術士により、玉ねぎ屋の店主は複数のろっ骨骨折、アンネリエは脳震盪と顔面裂傷との診断が下され、応急処置が取り行われた。その回復術士は貴族であるオイホルスト家のお抱え回復術士であり、しばしの安静が必要と診断された店主とアンネリエ、そして幼いフレドリカの親子三人は、オイホルスト邸が身柄を引き取る手はずとなった。……これは親子がディアーボの報復を受けないための一時避難も意味している。


「いやあレイジ君、散々な日になってしまったね」

「なってしまったのはしょうがない。ただ、俺たちにとっては一歩前進とも考えられる」

「あはは、確かにディアーボの尻尾は掴んだけど、相変わらず冷静だねレイジ君は」


 苦笑いするバルデン軍曹を一瞥(いちべつ)しながら「別に」と吐き捨て、玉ねぎ屋を見渡すレイジ。騒動はやがて収束し、片付けも終わり野次馬も散って行った後の事。辺りに漂い始めた宵闇の静けさを前に落ち着いたのか、レイジはあらためて喉の奥につかえていた疑問をぶつけた。


「バルデンさん、俺に聞かないのか?あの技は一体何なのだと」

「確かに、魔力ゼロと言われていた君が見せた、あの脅威的な技には興味があるねえ」

「俺の技に興味はある、だが周囲の眼のある中でそれを明らかにしたくない。だから自分で魔法を放ったと騒いでその場を収め、群衆の視線を俺から外した……違うかい?」

「なるほどなるほど、レイジ君は冷静沈着の上に洞察力も深いと見た。恐い、恐いねえ。もし僕がそれを聞いたら、君は答えてくれるのかい?」


 同じ近衛騎士団に所属し、同じ人物に仕えるはずの二人が静かに火花を散らす。共通する人物が間にいるだけで、二人は友人でも何でも無いと言うのが主な理由だ。二人が二人とも腹を割って自分を伝え、そして理解されていれば無用な誤解など生じる事も無いのだが、そもそもがそれを言えるほどの関係が構築されていないのだ。


「答えろと言われれば答える。そもそも何としてでも隠そうなんて思ってなかったから」

「えっ、そうなのかい?僕はてっきり誰が何と言おうと隠し通す部類のものだと思って……」

「いや、以前は話したよ。それこそ懲罰大隊の仲間たちにはね」


 ――バルデンは見逃さなかった、レイジの表情にわずかだが人間味が現れた事を。

 それまではまるで、静けさと冷たさを表現する仮面を被っているかのように、何を考えているのか全く分からないほどに無表情を通していたレイジ。話しかければ返答はあるものの、そこに感情の抑揚が全く感じられない冷たい反応を続けていた。

 〜〜見知らぬ世界に無理矢理連れて来られ、そして三年もの間死刑部隊で絶望的な地獄を味わったんだ。年相応の少年とかけ離れていてもおかしくはない〜〜

 そう判断して、極力レイジの過去に配慮して接して来たバルデンだったのだが、彼の口元が一瞬だけ尖った事に気付いたのである。


「懲罰大隊の仲間たちには話してたんだ。それで反応はどうだったの?」


 どんな内容を話したのかは聞かず、レイジが秘密を打ち明けた結果、当時の懲罰大隊の仲間たちがどのような反応を示したのかをバルデンは問う。何故ならば、それが満足しない結果だったからこそ、レイジはそれを不満を持って、自分の秘密を胸の奥底に仕舞い込んでいるのだ。つまりそこに真意があるからこそ、レイジは表情を変えたと悟ったのだ。

 バルデンの質問のポイントはズバリ「当たり」だった。レイジは口をへの字に曲げてみるみる怪訝(けげん)な表情へと変わったのだ。


「誰も、誰も信じてくれなかった」

「誰も信じてくれないとは、君のその能力の事かい?」

「ああ、そうだ。信じてくれるどころか盛大に笑われたよ。そんな事ある訳無いってね……」

「あああ、そりゃあ傷付くよねえ」


 クスリと笑うバルデン。レイジが大人に認められたいがために背伸びしているように見えるのだ。それはまるで、懲罰大隊の兵士たちにムキになって話す少年、誰も信じてくれずに顔を真っ赤にして熱弁する少年……そんな姿が垣間見えたのである。


「それならば、先ずは僕じゃなくてオイホルスト少尉に話すと良い。彼女ならきっと理解してくれるよ」

「あんたは聞かなくて良いのか?」

「僕かい?僕は後で良いよ。君にとって大事な話ならば、先ずはオイホルスト少尉に話すのが筋だろ?彼女が君の話を信じたら、必ず彼女から僕に通達があるよ。組織の流れとはそんなもんだろ?」


 冷徹な中に見えた柔らかさ、それがひどくバルデンを安心させたのか、懐からクシャクシャのタバコを取り出して火を着ける。


「君はオイホルスト少尉をもっと信じて良いと思うよ。腹黒いところもあるし、ちょっと抜けてるところもあるけど、彼女ほど近衛騎士団を体現している人物は他にいないと僕は思ってる。だから尊敬してるし僕は彼女に着いて行くんだ」


 もう遅いからと、言うだけ言って家路につくバルデン。タバコの煙を左右に遊ばせながら、軽く手を振り路地へと消えて行く。言うべき事を精査する最中に、肩透かしを食らってしまった形となるレイジは、少しだけ苦笑いを口元に浮かべながら、小さくなったバルデンの姿に背を向けて、空腹をどう癒すかと自問しながら家路へとついた。


 異世界に呼び出されて壮絶な体験をした少年。心が壊れてしまい、己を閉ざしていたかのようにも見えたのだが、その奥底には年相応の少年らしい一面もあった事がバルデンを安心させた。だがそれはあくまでも氷山の一角であり、レイジの表面をなぞっただけ。レイジの本質にはまるでたどり着いてはいなかった。

 何故ならば、それはつまり『魔力の要らない恐るべき力』……バルデンも自分の眼で確かめたこの脅威の力で、レイジは懲罰大隊初の生還者として放免されたと言う事実に行き着く。当時の公式な記録による「殺害確認戦果六名」とは何なのか、数が少な過ぎやしないかと言う点まで、掘り下げなければならなかったのだ。


 懲罰大隊を管理監督する、トゥランヘイム国防軍国境警備団の一部隊である督戦隊(とくせんたい)。この督戦隊が背後から銃を構えて脅しながら、元犯罪者たちで構成された懲罰大隊に突撃命令を下したり、戦果の確認をするのだが、督戦隊によるレイジの公式記録が殺害六人である。だがレイジはその力を隠すのではなく、懲罰大隊の仲間たちに告白している、つまりはその力を発揮していたと考えるのが自然なのだ。


 そう。レイジは懲罰大隊で死地にいる際、六名と言う数字が可愛く思えるほどに殺していた。後々明かされる謎の力『エリア・ディストーション』を遥かに超える凶悪な力を用いて、それこそ百名単位の敵を人知れず屠っていたのである

 〜〜日々殺すか殺されるかの世界に身を置き、更には無数の命を刈り取って来たレイジ。普通ならば死に近過ぎて精神崩壊したり感覚が麻痺してもおかしくはないのに、それでもバルデンが微笑する程度の少年性を残している。ここ、これこそが彼の最大の謎なのだ〜〜




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