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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
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22 完成する者、割り込む者 前編



 戦争における戦闘行為において、一人対多数の戦いと言うのはごく限られたケースでのみ存在する。

 剣や魔法による集団近接戦闘から、騎馬や弓などを用いた中距離戦闘、そして時代が変わり大砲などが飛び交う遠距離戦闘の中で、一人の兵士が多数の兵士と戦うなどあり得ないように思えるが、案外と皆無ではないのだ。

 ――それは狙撃。いわゆるスナイパーによるスナイピングが代表的だ。

 スナイパーは作戦展開中の敵部隊に気付かれぬように位置取りを行い、遠距離又は中距離から単独で狙撃を行う専門職である。もちろん発砲音すら気付かれる要素である事から、敵部隊の兵士全てに弾丸を叩き込んでの殲滅は難しい。つまりは、敵部隊の兵士全ては抹殺出来ないが、敵部隊側にそれ以上の作戦展開が困難になる結果を目指せば、それすなわちスナイパーの勝利となるのである。


 先ず狙われるのは部隊指揮官。指揮官が射殺される事は、その後は部隊が機能しない事を意味している。指揮官亡き後に軍曹などの下級下士官が代理となったとしても、円滑な組織運動と士気の維持は非常に難しく、優秀な指揮官であればあるほど部隊展開に深刻な影響を及ぼすのだ。ベトナム戦争当時の米軍では、わざと指揮官のヘルメットや服装も汚して、通常の兵士の群れに混ざって判別し難くする方法が取られていたほどだ。

 そして指揮官の次に狙われるのはレディオマン。無線担当の排除が優先されるのだが、部隊指揮官やレディオマンが部隊後方に控えて狙撃出来ない状態にある際、それでもその部隊の進行を抑えろと命令された時に以下の残忍な手段が取られる。これがスナイパーの真骨頂だ。

 敵部隊の先頭を歩くポイントマン(斥候担当)に照準を合わせて狙撃するのだが、頭や心臓部などの致命傷を避けるように狙撃を行い、その場で行動不能状態に陥らせるのである。足や腹部を撃たれた斥候担当は崩れ落ち、悲鳴を上げながら後方の仲間に助けを求める――これが地獄の始まりである。

 『戦場では仲間を見捨てない』と教育された兵士たちは、深手を負って苦しむ斥候担当者を見捨てる事が出来ずに、決死の救助を試み始める。この教育が逆に部隊にとっての足かせとなってしまうのだ。何故ならば兵士同士が簡単に仲間を見捨てる風潮が出来上がると、誰もが危険な局面を避けるようになり、士気の低下を起こしてしまう。そうなると指揮官による前進や突撃がままならないようになり、隊列先頭の役目を命令されても拒否する者が出て来る。

 仲間を見捨てずに助けようとする兵士たちの心情を最大限利用し、救助しようと射線に現れる兵士たちに向かって次々に引き鉄を引けば、スナイパーによる残忍で凶悪なトラップは完成するのだ。


 たった一人で多勢を相手に戦闘する方法、内容こそ異なるものではあるが、レイジはこの王都アーヘンでそれを敢行した。

 所場代の支払いを拒否した玉ねぎ屋を襲い、レイジにとって身近な人々に暴行を働いたマフィアの三人組。ディアーボの構成員に向かって、彼は恐るべき方法と手段を用いて報復行動を起こしたのである。


 先ずは真ん中にいるちょっと偉そうな男、この男を致命傷にならない程度に深手を負わせ、手下の二人が玉ねぎ屋の人々から意識を外す事を第一目的とする。そのための【小規模】エリア・ディストーションを敢行して構成員たち側には甚大な被害が出た。

 レイジが狙った敵の右足は、太ももから爪先に至るまで、それこそ言葉通りに完全に粉砕されてしまった。筋肉も(けん)も骨もバリバリに砕かれ、かろうじて皮膚がそれら全てを繋ぎ止めている始末。断裂して剥き出しになった神経は脳に強烈な痛覚の電気信号を送り続け、痛みに耐える事が出来ずに絶叫を繰り返すその様はまるで、壊れてベルを鳴らし続ける目覚まし時計のようだ。


 ――先ず店と店の関係者と距離を取らせる事。そして左右にバラけていた他の構成員たちが、怪我をして苦しむ仲間を心配して集まった事。これでレイジが次に打とうとする手の準備が完了したのである――


 ディアーボの構成員たちを、己の冷たく澱んだ瞳に映しながら、何一つ変えないレイジは小さな声でこう呟く……死ねと。


「……ディメンション……」


 レイジが何かを言いかけた。先程のエリア・ディストーションとは全く別の単語を口から吐き出し、そしてそれは完成する事無く中断してしまう。何故ならば、レイジが口を閉ざしてしまう【何か】が、その場に現れて主導権を奪ってしまったからだ。


「見たか!我が真髄の竜巻魔法を!」


 レイジの左後方、路地の暗闇からそんな怒号が聞こえたかと思ったら、レイジの目の前に黒い服を着た人物が躍り出てディアーボの構成員たちに向かって軍刀を掲げたのである。


「あ、あんた……は?」


 聞いた事のある声と、チラリと見た横顔。それに見慣れた黒い制服に支給された軍刀を見て、その謎の人物の正体がレイジの脳裏に閃く。


「誉れ高きトゥランヘイムの城下での狼藉、千年王都と讃えられるこのラーヘンを穢す行為!弱き者たちは目を瞑っても、この近衛騎士団が許すと思うな!」


 そう、レイジたちを庇うように矢面に立ったのは、レイジの保護者であるデュアンナ・オイホルストの副官。ディーター・バルデン一等軍曹であったのだ。



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