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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
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21 エリア・ディストーション 後編




 マフィアに逆らった者がどうなるかなど、容易(たやす)く想像が出来るクセに、好奇心の誘惑に打ち勝つ事が出来ずに集まってしまった野次馬たち。その沈鬱な空気が停滞する人の群れを強引にかき分けて、レイジは玉ねぎ屋の店先へとたどり着いた。


 (店の軒先に不審者三名、素手の状態で所持武器無し。店内厨房前に崩れ落ちた店主、腹部に痛打を受けたのかうずくまっている。そして店内に泣き叫びながら立ち尽くすフレドリカ。彼女の目の前には顔面を鮮血に染めたアンネリエが大の字に倒れている!)


 この間、コンマ数秒の世界。視界に入った全ての光景を網膜に焼き付けたレイジは、先ず自分が取るべき対応は何なのかと考え、そして瞬時に結論を出す。これが懲罰大隊で得た生き残るための知恵。刻一刻と変化を続ける地獄の戦場から、何としても生還するために身に付けた判断能力だ。


「アンネリエ、大丈夫か!」


 驚くべき事に、店に向かって全力疾走を始めたレイジは、マフィアの構成員らしきチンピラ三人組を完全に無視して通り過ぎる。呆気にとられたチンピラたちが呆然と見守る中、レイジはアンネリエの元へと辿り着き、気絶して横たわる彼女を心配そうに覗き込んだ。


「可哀想に、女の子なのに顔を殴られたのか」


 何か鈍器の様な物か、又は角材の様な物で左の頬あたりを殴られたのか、彼女の唇は左の頬骨にかけて皮膚がパックリと裂け、赤黒い血が今もドクドクと滴って床を血の池に変えている。


「息はある。脳震盪を起こしてるようだから直ぐに動かすのは危険かも。先に止血だけでも……」


 肩から下げていたカバンから、使っていないタオルを取り出す。そしてアンネリエの頬の傷口にそのタオルを添えながら、近くで立ち尽くすフレドリカを呼ぶ。

 それまではパニックを起こして泣き叫んでいた幼い妹も、レイジの姿を見て多少なりとも安心したのか、彼の元へと全力で駆け寄って来た。よほど恐い思いをしたのか顔はしわくちゃのまま涙でびっしょり。その顔を拭おうともせず、幼いフレドリカはレイジの名をひたすら連呼している。


「泣くなフレドリカ、腕の良い回復術師を呼ぶからお姉ちゃんは大丈夫だ。俺に代わってここを押さえていてくれ」


 フレドリカの頭を撫でてやりながら、圧迫止血の交代を頼むレイジは、そのまま立ち上がってあらためて振り返った。チンピラたちが我に返り、レイジに向かって鼻息の荒い言葉を投げ掛け始めたからだ。


「おいあんちゃん、あんちゃんは店の関係者か?」

「コラこのガキ!何を勝手な事やっとんじゃ!」

「気取ってんじゃねえぞ、ガキが!」


 三人のチンピラは、労働者を装う服装こそしているものの、生地のほつれも傷も無い上等な服であるのが伺える。つまりこの三人は汗をかくような仕事などせず、また服が擦り切れて痛むような仕事などしていない種類の人間であると察した。正真正銘『こういう事をして』生活して来た連中なのだと、レイジの腹の奥底に極めて苦々しい不快感が漂ったのだ。


「何故だ、何故こんな酷いことをする?」


 両足を肩幅ぐらいに開き、極めて自然体で立つ姿のレイジに対してすぐに殴りかからないあたりは、このチンピラたちもその道の人間であるのは納得出来る。三人の荒くれ者に一人で対峙しつつも、怖気(おじけ)付くどころかリラックスしつつ、更には激情に駆られる事無く冷ややかな眼を返すレイジを、これは嵐の前の静けさであると肌で感じていたのだから。


「決まってるだろあんちゃん、この地区は今後ディアーボが仕切るって決まったんだよ。だったら俺たちに所場代(しょばだい)払うのは当たり前だろ?それを払わないって言ってんだから、痛い目に合うのは当たり前だわな!」


 下卑た笑みを浮かべながらチンピラの一人が店主を指差す。娘たちが心配なのか、店の奥から出て来た店主は、腹を押さえながらまだヨロヨロと足元がおぼついていない。

 ――殴られても店を壊されても『暴力』に屈しない店主。必死に抵抗したが凶器で殴られ、顔を怪我した少女。恐怖に打ち震えながらも姉を心配し、必死になって止血を行う幼い妹。そして、それらの光景を見ながら笑っているチンピラ三名―― 

 レイジの中でピン!と何かが弾ける。それはまるで手榴弾のピンを抜いた時のような、透き通る単一の金属音のような軽快な音のよう。つまり彼の内面において、この三人組に対してどう対応すべきかと言う、方向性が見定まった事の現れでもあった。


「……人を殴る資格がある者は、殺される覚悟を持った者だけだ」

「はあん?何言ってんだあんちゃん」


 レイジの顔から怒りや悲しみなど全ての表情が消えて行く。その無機質な能面のように消えた表情と、生気を感じられない(よど)んだ瞳はまるで、幕末の人斬りのようでもある。つまりは人を殺す事になんら躊躇を覚えないほどに、死体を積み重ねて来たかの様な経験者の顔なのだ。

 そしてレイジがポツリと呟いた ……人を殴る資格がある者は…… と言うセリフ。これにはレイジの真意が籠っている。

 本来ならば因果応報のバランスを取って「人を殴る資格を持つ者は、殴られる覚悟を持った者だけだ」と説くのだが、イジメにしても喧嘩にしても暴行にしても、他者を害する事に違いは無い。青春時代の「お前、良いパンチ持ってるな」はままごとだとしても、死力をかけて戦った者との和解など無いに等しいのだと悟っていたのだ。

 つまり、相手が拳を上げて襲って来るならば、殺す覚悟で向き合わなければ生き残る事は出来ない。そもそもが襲って来るのは『向こう』なのだから、殺したところで文句を言われる筋合いなど無いと考えるまでに至っていたのである。


 一瞬、一瞬だけ無の時間が流れる。

 身構えたままのディアーボの構成員たち、そして凶々(まがまが)しい自然体で対峙するレイジ。互いに沈黙したまま時計の秒針が数回ほど自己主張を重ねた時、レイジは三人組の真ん中の男に視点を合わせてこうつぶやいた。


「……エリア・ディストーション……」


 彼が呟いた瞬間、辺りにギャリギャリギャリと機械の摩擦音が轟く。それは電動工具のサンダーが火花を散らしながら、荒れた鉄板の角を平らに慣らすような音だ。

 そしてディアーボの構成員だけではなく、野次馬や店主も含め、この奇怪な機械音に鼓膜を刺激された全ての人々は見た。三人組の真ん中に立つリーダーらしき人物の右足周辺が『揺れた』のだ。痛んだ古いVHSテープで映像を再生した時の様に、男の右足と周囲の空間がブルンブルンと激しく振り子運動したのである。

 ――金属音にとって変わり、バキバキと辺りに轟く骨が粉砕される嫌な音。音だけではなく、右足のあちこちから粉砕された骨が筋肉や皮膚を破り、辺りに血飛沫(ちしぶき)を振り撒いた。


「ぎゃ、ぎゃああああ!足が、俺の足がああ!」


 言葉にならないような悲鳴を上げて、男は地面に沈んでのたうち回る。周囲の者たちは一体何が起きたのかまるで理解出来ず、ぽかんと呆けたままだ。

 

 これがレイジの能力の一端、片鱗である。

 呼び名は『エリア・ディストーション』、それは限定した空間の歪曲運動を意味するスキルであり、もちろん魔法のたぐいでは一切無い。


 魔法の力が尊ばれるこの世界においては、保持する魔力量の如何(いかん)がその者の人生を左右すると言っても過言ではない。だからこそこの世界に無理矢理呼ばれた後に、魔力ゼロのレイジは捨てられたのだが、彼は生き残った。いつからかこの力を身に付け、そして生き延びたのである。


 ――その力の正体は『超能力』。魔力至上主義の世界に舞い降りた少年が見せた力の一片こそ、人間の進化の可能性を指し示す力であったのだ――




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