02 『千年王都』ラーヘン
トゥランヘイム王国の王都、俗に『千年王都』と呼ばれるラーヘンは、巨大なエステルランテ大陸において古くから交易の要衝の一つとして栄えて来た。
〜〜東西南北から春夏秋冬まで、全ての神に愛された地〜〜
創生、神話の時代から、やがて人間が紡ぐ歴史の時代へと時間の流れが変遷した頃から、ラーヘンの名前は大陸中に知れ渡っている。
東西交易の中継地点、南北交易の中継地点、更には北海に繋がる巨大な内海「ジトー湾」を近くに置く物流の一大拠点、それがラーヘン。
大陸中の人と物が行き交うだけに留まらず、ラーヘン県自体が大陸有数の穀倉地帯としても有名で、上等な小麦などの農産物が大量に生産されている。その量は国内消費に限らず、大陸中に輸出されるほどだ。
その地の名を知らぬ者はいないとばかりに今も栄え続ける街は、ダメ押しとばかりに、南にそびえるホスヴィク山脈から共振石や魔鉄鉱などの地下資源鉱脈が発見され、その膨大な地下資源埋蔵量をもって今後の繁栄が約束された。まさにラーヘンは楽園に等しい存在なのだ。ただし楽園としての価値は、人間社会の経済活動においてのみ通用するのだがーー
人間社会と言っても、もちろん人間種だけに留まらない。ここにおける人間社会とはつまり、ドワーフやホビット、エルフや獣人などの亜人種も含まれている。つまりは、ラーヘンとは生きとし生ける者それも知的生命体にとっての楽園であったのだ。
『楽園とは、そこに住む者が実感するものではない。貧する者が夢見て切望するからこそ、それを楽園たらしめるのである』 ――思想家、ギュンター・ソト・ファンダース
王都ラーヘンを有するトゥランヘイム王国のラーヘン県だけでも少なくとも三つの種族が合わさり、他民族コミュニティを形成している。北海沿岸から流入して来た狩猟民族「クラスノレチカ族」と、古来よりこの地で農耕を営んで来た「ミケリ民族」、そして大陸中央から流入して来た騎馬民族「トゥールーン族」である。
人間種だけでも、これだけの民族が入り組んでいるのに、そこへエルフやドワーフなどの亜人種も重なって来るのだから、それぞれがそれぞれに楽園の既得権益を求めるのだから、自ずとそれは争いへと繋がって行く。経済戦略の要衝とは、主導権をその手にしない限り、恩恵に与る事は出来ないからだ。
ただ、アーヘンの存亡に関わるような争い事は起きなかった。有史以来、小規模な民族同士の衝突はあったものの、少なくともこの千年近く、トゥランヘイムの王家は国家と王都を守り抜いて来たのだ。
魔法剣士アルベルト・トゥランヘイムを開祖として始まったトゥランヘイム王朝は、最初の頃こそ領土拡大にまい進したものの、今から四百年前ほど前にその矛を収めて、国の安定化に力を入れ始めた。
珍しいほどに血統の絆を重んじ、王族同士の後継争いもほとんど表面化せずに今に至っている。もちろん権力争いの無いピュアな施政などあるはずが無く、王族にせよ王族の取り巻きにせよ、何かしら闇で蠢くものはあったのだろうが、歴史家たちが重箱の隅をつついて騒ぐほどに事件化しなかった事から、トゥランヘイムの権力基盤と継承能力は盤石であったと言えよう。
そう、重ねて言うが、王国の権力基盤と継承能力は盤石であったのだ。
ただ、この先の未来が盤石であるかどうかは分からない。千年王国の栄光と繁栄がこれからも続くかどうかなど誰にも分からない。だからこそ過去形で「盤石であった」と表現したのだ。
大陸歴 ニ千八百六十五年
トゥランヘイム王朝歴 九百四十三年
この賑やかで将来を約束された街、充足感に満ち足りた人々とは真逆の表情をもって繁華街を歩く女性の赴く先から、いよいよこの物語は始まる。
その女性の表情、それは「そこはかとない不安」
将来に対する杞憂が、いよいよ現実化して来たと言う、沈鬱なる表情であった。